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2022.05.04

「素材の自社加工」と「我が街のブランド化」で快進撃を続けるケーキハウス ツマガリ

早朝から行列ができる有名店「ケーキハウス ツマガリ」。今年で創業35周年を迎えます。高級住宅地にありながら、お値段はリーズナブル。おいしさの秘訣は「素材の自社製」にありました。コロナ禍でも売り上げを落とさなかった人気店の秘密に迫ります。

「生ケーキはここでしか買えない」 驚異の売り上げを誇る17坪の店

六甲山のふもとに位置する兵庫県西宮市の甲陽園(こうようえん)。駅前から続く坂の途中に2階建ての「ケーキハウス ツマガリ」があります。朝早くから、平日でも行列ができる超人気店は、昭和62年(1987年)創業。古くから地元で愛されている名店です。

▲早朝から店内はお客様でいっぱい

創業者は現役オーナーパティシエの津曲(つまがり)孝氏。平成23年(2011年)に厚生労働大臣が定めた「現代の名工」を受賞。平成27年(2015年)には「黄綬褒章」を受章した洋菓子界のレジェンドです。

厨房を合わせて17坪(約56平方メートル)の小ぶりなお店。1階と2階を階段で行き来する造りです。開店当時は「坂をのぼって来たのに、そこからまだ階段だなんて・・・」と反対する声もあったのだそう。けれども津曲氏は「この階段は店のシンボル」、「上り降りした経験がお客様の想い出になる」と、店のロゴマークにも階段をあしらうほどの惚れ込みよう。

▲一階が半地下にあるユニークな構造。階段の昇降はツマガリの名物ともいえる

店内の装いは創業当時から変わらない。売り場の拡張をしない理由は「一度に50コートサイズのボウルで作れる量を超えないように」。店を広くしてお菓子を大量に作り、味が落ちては意味がないという考えに基づきます。

▲創業当時からレイアウトが変わらない店内。時間の熟成を感じる

そのため、ケーキは一度にたくさんは作らず、売り切れる度に新しいケーキを作り、ショーケースへ補充してゆくスタイル。カウンター越しに見えるスタッフの躍動感もまたツマガリの醍醐味です。

百貨店以外には支店展開しないのも、品質を落とさないため。生ケーキに至っては、甲陽園の本店でしか購入することができません。 貴重な生菓子を求め、県外からわざわざ訪れる常連客もいます。舗数を増やすより「新鮮でおいしいお菓子が作れるかどうか」、それがツマガリの命題なのです。 

そんな小規模経営ながら20億円に迫る年商を誇っているというから驚異。

 

創業当時から不動の人気を誇るシュー・ア・ラ・クレーム

ツマガリの魅力を集約させた商品が、創業時からの定番「シュー・ア・ラ・クレー ム(シュークリーム)。 一日およそ700個が売れ、2000個を完売する日も少なくない看板商品。シンプルながら生ケーキと焼き菓子のどちらの要素も兼ね備えたスペシャリテです。

津曲氏は、シュー皮の調理を“焼きの味付け”と呼び、湿度や気温の変化をみながら焼き方を変え、いつでもパリッ、サクッと香ばしく、噛みしめるほどに滋味が溢れ出る「うまみのある皮」を日々追及しているのです。

▲1日に700個を売る「シュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)」

シュークリームは津曲氏にとって、とりわけ思い入れが強いお菓子。17歳で初めてシュークリームを口にしたとき「この世のものとは思えない!」 と感じ、それ以来、シュークリームは「お客様の味方になるお菓子」と捉えずっと親しみ続けてもらえるようにと、開店当時からの価格を極力据え置きにしています。 

 

いい素材を求め、つねに世界中にアンテナを張る

徹底した「素材へのこだわり」、これがツマガリの信条。砂糖はアルゼンチン産さとうきびから採れたミネラル豊富なオーガニックシュガー。バターは「加熱した時にうまみが広がるように」と、乳酸菌にまでこだわったオリジナル。ミルクは岩手県宮古市の沿岸地域で自然放牧している「しあわせ牧場」から直接仕入れています。たまごは、飼料に魚粉などが含まれているとお菓子に生臭さが移ってしまうのだとか。 そんな風に、卵を産む鶏の餌にまで心を配るのです。

▲素材のよさがダイレクトに楽しめる「天橋立」。木苺、ババロア、抹茶の三層からなる

ほかにも、甘みと香りが強く、食感が柔らかいシチリア産のアーモンドや、北アルプス山麓で完熟してから手摘みされた大粒のブルーベリーなど、良い素材を求め、世界中にアンテナを張っています。

▲大粒のダークチェリーがふんだんに使われた贅沢な「シュバルツヴァルダー・キルシュトルテ」

 

専門の素材加工工場をもつ驚愕の「自社製」主義

「弊社のおいしさの秘訣は素材の吟味だけではなく、自社で粉砕専用の工場をもっている点にあります。お菓子を作るタイミングで原材料を挽いているので、香りや味わいがいつも新鮮なんです」

店長の福田美重子氏は、そう語ります。

ツマガリでは、取り寄せるのは原材料だけ。ナッツ、くるみ、シナモン、クローブ、ナツメグなどなど原料を加工・乾燥させ自社工場で挽きます。バニラシュガーまで自社製とは驚き。

▲アーモンドのスライスや粉砕も自社で行っている

確かにコーヒーなら淹れる寸前に豆を挽くことでフレッシュな香りや豊かな風味を引き立てます。洋菓子の素材も同じでしょう。とはいえ粉砕工場まで持っている洋菓子店はなかなかありません。そして粉砕を自社でやるからマジパンまでメイド・イン・ハウス。全国でもかなり珍しい業態の洋菓子店といえます。

作業部門ごとに分かれた工場は計8つ。本店を囲むように林立しています。副素材である煮物の工場ではフルーツの甘煮をつくります。栗の渋皮煮ならばひとつひとつ手作業で皮をむき、 少しずつ砂糖を加えながらゆっくり3日間かけて甘煮に仕上げます。急がず、丁寧に、時間をかけた分だけこっくりとした美味しさになるのです。

このように製菓を分業制にすることで、職人は一つの作業に集中することができ、疲労が少なく、加えて品質管理が行き届くのです。

 

社訓は「人間味」。人を愛し、街を愛する気持ちがお菓子に込められている

津曲氏が拠点に選んだ甲陽園は、現在でこそ西宮や神戸への利便性の高さで注目を集める人気エリアですが、創業当時はまだ開発が進んでおらず、街灯も少ない、さびしい雰囲気だったのだとか。

しかし津曲氏は緑が豊かで坂が多く、眺望に恵まれた甲陽園を気に入りました。開店当時は「暗い夜道の女の子の一人歩きは危険だ」と深夜0時まで店を開け照明をたくなど治安の向上にも務めました。

そうして津曲氏は、「甲陽園へお菓子を買いに来る経験そのものをストーリ-にしよう」「甲陽園が想い出になるようなお菓子を作ろう」と考えます。焼き菓子ギフトの商品名には「甲陽園」をはじめ「甲山(かぶとやま)」「東山坂」などご当地の名前を織り込んでいるのも、そのためなのです。

▲商品名に「甲陽園」などご当地の地名を盛り込んでいる

▲実在する坂の名前を表した「麗しき甲陽園 東山坂」と、津曲氏がスイスでの修業時代の同僚ビリーに捧げた「心友」。「ギフトは想い出を届けるもの」という津曲氏の心情が商品名に表れている

良質なお菓子を生み出し続けて35年。「甲陽園といえばツマガリ」と、街の代名詞的存在となった現在も、甲陽園への愛情は健在です。自ら率先して街の清掃をするなど社を挙げて環境整備活動を行っているのです。

ツマガリの社訓は「人間味」。お菓子は人と人とを繋ぐもの。厳選された素材、卓越の技術、それだけではなく、人のやさしさがこめられているのがツマガリのお菓子。坂の途中にあるこの店は、まさに人生の坂の途中にある人々に寄り添ってくれる存在なのだと感じました。

 

●取材協力
❏ケーキハウス ツマガリ
甲陽園本店:兵庫県西宮市甲陽園本庄町6-38
▼営業時間
1階 AM10:00~PM6:00(生ケーキ、シュー、パイなど)
2階 AM9:00~PM6:00(クッキー、焼菓子)
TEL:0120-221-071
定休日:営業カレンダーはこちらから
公式サイト:サイトはこちらから

 

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Writer
吉村 智樹
吉村 智樹
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京都在住で、ライターと放送作家をしております。 朝日放送『LIFE 夢のカタチ』構成を担当。
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