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2023.02.07

女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.5「何でも言い合えるフラットな関係が良いお店づくりへの近道」PÂTISSERIE N’IMPORTE QUOI 西原杏菜

ナンポルトクワ西原杏菜さん
ナンポルトクワ西原杏菜さん
PÂTISSERIE N’IMPORTE QUOI パティシエール兼ヴァンドゥーズ
西原 杏菜さん
愛知県出身。地元の製菓学校在学時に『オ・グルニエ・ドール』のりんごのタルトを食べて衝撃を受けて就職。修業中に培われた、常に時間を意識した働き方、お客様への接客が今のお店の運営に繋がっている。夫の裕勝さん、1歳半になる娘さんとの3人家族。
運営サイトはこちら

パティシエ・パン職人の道への入り口とも言える製菓製パン系専門学校の学生さんは、約8割が女性です。これは筆者が学生だった20数年前から変わっていません。

それなのに、当時いっしょにお菓子を学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。
時代が令和になった今、製菓・製パン業界の労働環境もいくらか改善され、女性職人が生き生きと働ける場所になったのではと、期待をこめて現状を調べてみると、予想に反した答えが見つかりました。

なんと、就職してから半年後に行う離職調査(※出典元 辻調グループキャリアセンター調べ)によると、2021年度の女性の卒業生のうち、19.2%が仕事を辞めてしまっていたのです。

なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由は様々でしょうが、そんななかでも技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちがいます。彼女たちへの取材を通し、好きな仕事を長く続けていくためのヒントを見つけ出して欲しい。そして新人の職人さんたちが勇気をもって夢を抱けますように!

女性の思考を知ることは、男性職人やオーナーさんにとっても良い機会のはず。貴重な人材である女性職人への接し方のヒントが、見つかるかもしれません。

シリーズ5回目は、22歳で結婚後、24歳という若さで自店N’IMPORTE QUOI(ナンポルト クワ)を夫の西原裕勝さんと夫婦2人で2018年10月に開業された西原杏菜さんにお話を伺いました。

京都市中京区のほぼ中央、地下鉄四条駅から徒歩5分ほどに位置する京都の台所「錦市場」のすぐそばにN’IMPORTE QUOI(ナンポルト クワ)はあります。フランス語で “何でもあり”を意味する店名のとおり、まるでアートギャラリーのような内装と外観が訪れた人にワクワク感を与えます。入り口から延びる細長い通路には、カラフルなポスターやアート作品が飾られ、店内だけでなく厨房内も店主二人の好きなもので埋め尽くされています。実はこのお店、製造から販売、発送業務まで、すべての仕事をお二人だけで行っているのです。お二人の修行先は2018年5月に惜しまれつつ閉店したPÂTISSERIE AU GRENIER D’OR(パティスリー・オ・グルニエ・ドール)。裕勝さんのお父様である西原金蔵シェフのお店です。父であり師匠であるシェフから受け継いだのは、お菓子作りやお店作りのノウハウに加えて、家族への想いや家族との時間の過ごし方。厨房でも家でも、支え合いながら同じ時間を過ごされている二人が醸し出す雰囲気がお菓子にもにじみ出ていました。(取材日2022年11月14日)

パティシエ夫婦二人での営業はいいことばかり?!

ケーキ屋さんに勤めるのと経営するのとでは、仕事内容が大きく異なります。予約受注、発送、経理業務などに加えて、設備のメンテナンス、休日の設定に至るまで、仕事も膨大です。パティシエールであり共同経営者でもある杏菜さんに対して『お菓子に向き合い、自身の技術を磨くことに専念できた修業時代が時に懐かしいのでは?』『家でも職場でも夫と二人きりの日々は喧嘩が絶えないのでは?』と勝手な心配をしていた筆者ですが、良い意味で裏切られ、理想の夫婦の姿を垣間見ることができました。

なぜご夫婦お二人だけでお店を始められたのですか?

□西原さん
「オープンしてすぐは忙しくなるだろうし、『アルバイトを雇った方がいいのでは?』という話も出たんですが、準備中に二人で働いている中で全く不便がなかったというのが最終的な理由です。今では良い決断だったと思います。人間関係のストレスはないし、二人だからこそ思ったことをその場ですぐ伝えて、解決できていると思っています。今のスタイルが気に入っているので、二人でお菓子を計画的に生産し、週4日間の営業日は販売に専念するという今のスタイルを変える予定はありません」

ご夫婦でお店をしていく中で気を付けられていることは?

□西原さん
「お店をより良くするために、いつも話し合って解決していく姿勢を大切にしています。共同経営者である前に家族なので、思わず感情的な口調になってしまうこともありますが、お互いが『今より、よくするために』と同じ想いを持っていることを常に頭に置いて、喧嘩をしても持ち越さないことは心がけています。
夫は『時間がある程度解決してくれる』と考えるタイプなので、1時間くらいで気持ちも落ち着くのですが、私は原因をとことん追究して物事を解決したいタイプなんです。なので冷静になって向き合い、お互いの視点で歩み寄ることを意識しています。人それぞれ、いろいろな形はあると思いますが、お互いに一番しっくりくる方法を模索することが大事ですよね。その方法がうちの場合は『何でも溜め込まずに話す』ということですね」

ナンポルトクワ西原夫妻

▲一日中一緒に過ごしているのに、けんかはほぼしないという杏菜さんと裕勝さん

製造・販売の両方を経験する強みや魅力は?

□西原さん
「製造・販売と分けるのではなく、お菓子屋さんの仕事は全部つながっています。販売をしていることでお客様の顔を覚えやすいし、自然に会話も弾むんです。会話の中から感じたお客様の要望を取り入れ、商品開発に生かすことができるのは両方経験するからこその大きな強みのひとつです。例えば、ここは京都という土地柄もあり、観光のついでに来店される方も多いのですが、常温でお持ち帰りできるものを希望される方が多いことを実感して考えた商品もあります。
製造経験が活かされているのは、ショーケース後ろに取り付けたトレー置き場と、販売スペースにあるレジ台兼作業台です。身体に負担なく作業できる高さに設計してあり、段差もないのでトレーをスライドしてレジ台まで運べます。お客様からは余計なものが見えず、効率的に販売ができるように、考え抜いて特注しました。接客中は必要なものに全て手が届き、ケーキの箱詰めも前を向いて行えるので、お客様の動きや表情を感じ取ることができます。厨房の作業スペースへの動線も考慮してあって、営業中も自分の担当の仕込みを進めているんです。厨房にこもっていると、お客様の反応が見えないですが、売り場にも出ていると自分が作ったお菓子を美味しそうに食べてくれているお客様が見えたり、直接感想をもらえたりするのでとても貴重です。今の仕事環境は全てが理想的と言えますね」

ナンポルトクワ店内

▲作業性を考慮して特注したレジ台と同じ高さの作業台。ショーケース横の厨房入り口にある作業スペースが杏菜さんの定位置

「女性だから○○」という考え方はイヤ

開業したのは、夫の裕勝さんと共に働かれていたオ・グルニエ・ドール(義父、西原金蔵シェフのパティスリー)が閉店した5か月後の2018年10月。お店に並ぶのは、名店から受け継いで作り続けているりんごのタルトをはじめ、フランス菓子の伝統や技術を重んじて開発されたお菓子たちです。お菓子作りに向き合う日々を過ごす中で新しい家族を迎えることになり、2021年6月後半から9月末までお店をお休みされていました。出産、子育て期間に準備されたことや現在実践されていることはどんなことなのでしょう。

パティシエールが結婚や出産、子育てを理由に仕事を辞めなくてもいい方法はあると思いますか

□西原さん
「誰にでも当てはまる明確な方法はまだないかもしれませんが、営業日数や営業時間の短いパティスリーも増えつつあるので、これから製菓業界も、いろんな選択ができる良い方向に進んでいくのではないかと期待しています。
私は『女性だから○○』という考え方が嫌で、男性・女性で区別するのではなく、誰もが平等であるべきと強く思っています。結婚や子供を持つということは、どんな職業の方でも選択できるべきですし、子育てしながらも望む形で働き続けられるのが理想ですよね。
とはいえ、まだまだ私が思い描く平等が当たり前ではないことも理解しています。ここ数年でやっと社会が『男性も進んで育休をとりましょう』という風潮になってはいるものの、実際には取得率が上がっていない事も知っています。わたし自身、出産を経験して思うことは、産むことを女性が担う分、男性にも当たり前に育児をして欲しいということ。
幸い我が家は、母親の一番寝不足がひどいと言われている産後3カ月くらいの時期まで、お店を休業して夫と二人で家事と育児に集中できたので、幸せでした」

3カ月間お店を休まれるのに不安はありませんでしたか?そのために準備されたことは?

□西原さん
「いろいろ不安でした。中でも1番大きかったのは金銭面についての不安です。自営業だと出産手当金や育児休業給付金はもらえませんし、お店の休業中にも維持費や生活費はそのままのしかかってくるので。
次に大きかったのは仕事面での不安です。『3カ月もお店を休んだらお客様に忘れられてしまうのではないか?出産後にパティシエールとして働ける体力が戻るのだろうか?』と、いろいろと不安はありましたが、『なるようになるさ』と思うようにしていました。
お店を休む前に、丁寧に事前告知を行うと決めて実践したのですが、幸い、お客様から否定的なご意見を頂くことはありませんでした。営業再開直後は、娘をおんぶして売り場に立つこともあったので、今でも娘の成長を気にかけてくださる常連様も多いんですよ。うちのように16時閉店のパティスリーはまだ少ないと思いますが、お客様にとても恵まれているので、温かく受け入れてもらっています」

ナンポルトクワのショーケース

▲オリジナリティあふれるショーケース。プライスカードの横の“常温OK”のさりげないポップ

結婚を考える男性パティシエへ、パティシエの妻目線でのアドバイスはありますか

□西原さん
「子育ては夫婦2人で共感しあうことで幸福感が2倍にも3倍にも増します。私自身はパティシエの仕事も、家事・育児も経験しているので、働く側と家庭を守る側のどちらの想いもわかります。仕事を終えて家ではゆっくりしたい気持ちもわかるし、ずっと家で子供を見ているのが大変なのもわかるので、お互いの気持ちをわかり合う努力をされると良いと思います。
私たちの場合はお店をお休みにし、子供がただただ可愛い3カ月間を共有することができました。その期間は子育てを夫婦でシフト制にしていたので、昼間担当の私は夜に夫が面倒を見てくれている間、睡眠もしっかりとることができたんです。本当に幸せで最高の時間だったので、この業界でも男性が育休をとれる環境が進んで、同じような経験ができる方が増えて欲しいです。
そうはいっても長期休暇は無理な方もまだまだ多いと思うので、お互いの得意なことで家事分担をすることをお勧めします。我が家では、料理の得意な夫がほぼ毎日夕食を作ってくれるので、私は部屋の掃除や洗濯をすることが多いんです。得意分野で家事分担をすることで、家でのストレスはかなり軽減されるので、取り組む価値があると思います!」

日々のスケジュールについて教えてください

□西原さん
「お店は水曜日から土曜日までの営業ですが、火曜日は厨房でお菓子の仕込みをしていて、焼き菓子の溜め込みや発送業務を行っています。9時から18時まで娘を保育園に預けているので、仕事は朝9時から始めています。11時までに夫と2人で生菓子の仕上げを終えて、日中は接客をしながらの仕込み作業。閉店後はお店の閉め作業と翌日の準備が中心で、私が18時に娘をお迎えに行く間に、厨房の残りの仕事を夫が片付けて19時には家族全員が家で揃えるように協力しています」

パティシエが毎日19時に帰宅できるというのは、筆者の修業時代には考えられない事です。とても効率的に働かれているんですね

□西原さん
「製菓業界に限らず、日本人は擦り切れるくらい働いていますよね。この現状がそもそも問題だと思うんです。自分たちのような自営業は融通が利くので、早く家に帰ることを最優先して翌日に回せる仕事は切り上げています。
とはいえ、仕事をしている日中は休憩もなく働いているんですよ。自分の仕事にどれくらいの時間がかかっているのかを常に意識して、少しでも時間を短縮できるように考えて実践するという修業時代からの教えが身に着いているので、小さな時間の節約が効率化につながっているのかもしれません」

ナンポルトクワ西原杏菜さん

▲視界とスペース確保のためにiPadが埋め込まれたレジ台。スッキリした見た目で、レジを使わない際には作業台として使うこともでき効率的

キーワードは“平等”。将来の目標と働く女性へのアドバイス

オーナーご夫妻だからこそ選べる営業スタイルを熟慮され、お家でもお子さんとしっかり向き合う時間を作られている杏菜さんの暮らしは輝いています。お話の中で何度も上がったのは“平等であること”。家庭でも職場でも常に夫とのフラットな関係を意識し、どんな時でもその姿勢を貫かれている姿には潔さと心地よさがありました。

時間ができたらやってみたいことや今後の目標は何ですか?

□西原さん
「世の中が今より少し落ち着いたら、旅行に出かけたいです。
開業1年目の夏の閑散期には、1カ月間お店をお休みにして夫婦でフランスに行きました。アパートを借りて現地で暮らすように過ごした時間は、異国の文化に触れられただけでなく、心も身体も本当にリフレッシュできたんです。1年の11カ月間を営業して、1カ月間は充電期間を設けられる暮らしが目標です。
自営業の私たちにも有給休暇があっていいと思うんです。普段の仕事を全力で行うことで、お客様にもご理解いただけるのではないかと思うので、自分たちのできることを全力でやっていきます」

製菓業界で働く女性へのアドバイスをお願いします

□西原さん
「働く上で、頑張るためのはっきりとした目標を立てるのがいいと思います。私は常に全力であるものの、自分が無理をしているとは感じたことがないんです。それは修業時代から明確な目標を常に持っているからだと思います。大きな目標である必要はなく、仮にパティシエールとしてずっと働き続けたいという目標を立てれば、働き続けられるように自身のスキルアップをはかったり、働ける環境を模索したりするはずですよね。事前に備えることが、女性が結婚して子供が生まれて生活が一変した時に、現実に押しつぶされないことに繋がる気がします」

製菓業界がこんな風に変わっていけば良いのにと思うことは?

□西原さん
「子育てしていて気づいたのですが、小さいうちに家でしか見せないかわいい顔を子供は見せてくれます。製菓業界も、平等に男性が進んで育休制度を活用できるお店が増えたらいいのになと心から思います。我が子の見せる一瞬の表情を家族で共有できたら本当に幸せだと思うので」

ナンポルトクワ西原杏奈さん

▲愛娘の笑顔が全力で仕事に向き合う活力に

取材を終えて

働く人の大半が週休2日の昨今、私達職人も平等でありたいと話されていた杏菜さんの言葉が印象的でした。週休2日勤務を実践するためにお店のスタイルを考え抜き、お客様からも支持を得続けるのは容易なことではありません。
素材に向き合って創り出されたミルフィユタタンは実直で美味でした。職人夫妻が時にぶつかり合いながら、より良い形に進化していく“何でもあり”のパティスリー『N’IMPORTE QUOI』の今後にも目が離せません!!

ナンポルトクワ店舗の前で西原夫妻

 

●About Shop
PÂTISSERIE N’IMPORTE QUOI /パティスリー ナンポルトクワ
住所:京都府京都市中京区堺町通錦小路上る菊屋町527-1
営業時間:11:00~16:00
定休日:日・月・火曜日(ほか不定休あり)
公式URL:こちらから
公式インスタグラム:こちらから
公式フェイスブック:こちらから

 

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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