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2024.07.02

女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.9「職人を諦めたくなかった自分が選んできた道」ニコ ショコラトリー 甲斐沙和紀 

ニコ ショコラトリー甲斐さん
ニコショコラトリー甲斐さん
NICO chocolaterie (ニコ ショコラトリー)
甲斐 沙和紀(かい さわき)さん
大分県出身。高校卒業後、大分市内の洋菓子屋「きるん」に2年間勤務。
その後、「福岡ビジョナリーアーツ製菓専門学校」にて1年間アシスタント勤務。
福岡県小郡市「スイーツカフェ ニコ」で6年間勤務。
子育ての為、故郷の大分県に帰郷。
2020年、ショコラトリーとしてリニューアルした「ニコ ショコラトリー」へ復帰して現在に至る。
運営サイトはこちら

パティシエ・パン職人になるための入り口とも言える製菓・製パン系専門学校の学生は、約8割が女性です。これは筆者が学生だった20数年前から変わっていません。
それなのに、当時いっしょにお菓子を学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。
時代が令和になった今、製菓・製パン業界の労働環境もいくらか改善され、女性職人が生き生きと働ける場所になっているのではと、期待をこめて現状を調べてみると、予想に反した答えが見つかりました。
なんと、就職してから半年後に行う離職調査(※出典元 辻調グループキャリアセンター調べ)によると、2021年度の女性の卒業生のうち、19.2%が仕事を辞めてしまっていたのです。

なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由は様々でしょうが、そんななかでも技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちもいます。そんな彼女たちへの取材を通し、好きな仕事を長く続けていくためのヒントを見つけ出して欲しい。そして製菓・製パン業界の新人職人さんたちにも安心して夢を抱いて欲しい! との想いで続けてきた連載企画です。

女性の思考を知ることは男性職人やオーナーにとっても良い機会のはず。貴重な人材である女性職人が働きやすい職場づくりへの糸口が、見つかるかもしれません。

2005年に福岡県小郡(おごおり)市で、元々はパティスリーとして開業した「ニコ ショコラトリー」は、2015年に、ショコラトリー(チョコレート専門店)に生まれ変わったお店です。現在お店を支えるスタッフは、シェフ以外全員女性。子育て中のスタッフも多く、まさしく働く女性の心強い味方と言えるようなお店です。接客業もショコラも大好きな女性たちが笑顔で働く「ニコ」の秘密に迫ってきました。(取材日2024年4月19日)

『技術を学べる』とがむしゃらに働いた若かりし頃

休日は、週に1日。毎朝7時には出社。退勤時間は決まっておらず、閉店作業を終えるのは21時前後。パティシエ見習いの主な仕事内容は、重い材料の運搬、計量、大きな器具類の洗浄と、ケーキに触れないこともしばしば。土日や祝日は基本的に仕事になるため、友人からの誘いは減り、どんどん仕事中心の生活に。

みなさんの中にはここに書いた筆者の修業時代と似た境遇を過ごした方も多いのでは。

現在、子育てとショコラティエの仕事を両立されている甲斐さんも、パティシエ修業を始めた頃は似たような状況だったと言います。そんな過酷にみえる労働環境下でも働き続けられた理由は、学ぶ喜びを感じて職人としての成長を実感できていたから。
仕事にやりがいを見出すために甲斐さんが実践されてきたことを伺いました。

高校を卒業して製菓業界で働くことになったきっかけは?


甲斐さん
「ありきたりなのですが、小さい頃からの夢がお菓子屋さんでした。小学生の頃からお菓子作りに夢中で、食べてくれる身近な人が喜んでくれたことが、とにかく嬉しかったのを覚えています。真剣に製菓の道に進もうと決めたのは中学生の頃。高校生時代に販売のアルバイトをしていたケーキ屋さんとお付き合いのある業者さんから、製造として働けるケーキ屋さんを紹介してもらったことがきっかけです」

ニコショコラトリー甲斐さん

▲喫茶で提供するケーキの仕上げをする甲斐さん

じっさいに働いてみて、業界はイメージ通りでしたか?


甲斐さん
「販売のアルバイトをしていたとはいうものの、製造現場に入ってみたらイメージとは少し違っていました。私が製菓業界に入った頃は、手作業で作るパーツも多くて長時間労働は当たり前でしたし、洗い物の量や大きさ・重さは規格外で驚きました。また、普段の忙しさと、クリスマスやバレンタイン等のイベントによる忙しさの差は想像以上で、身体がついていかない部分もありました。
加えて専門学校を卒業して入社したわけではなかったので、分からない用語や作業も多く、見るもの聞くもの全てが勉強という状態でしたから、頭も身体も疲れていたと思います」

それでも働き続けられた理由は何だと思いますか?


甲斐さん
「矛盾しているようですが、新しいことであふれている環境で毎日が楽しく、充実していました。いま思えば、教わり、学んで成長していく自分を実感できていたので、仕事にやりがいを感じられる日々を過ごせていたのだと思います。
そしてやはり、この業界に入ろうと思われる方全員に当てはまると思うのですが、お菓子が好きだという事に尽きます。この『好き』の種類や度合いは、お菓子を作るのが好き、食べた人の喜ぶ姿を見るのが好き、自分自身が食べることも好きと、人それぞれだとは思いますが、私の場合、どんな時でもこの『好き』の気持ちをキープできたことが大きいと思っています。わからないことを調べたい、知らないことを勉強したいという気持ちがずっとあり、自由時間があまり持てなかった時期でもずっとお菓子への『好き』という気持ちを消さずにいたことで続けてこられたのだと思います。一度消えてしまった気持ちを取り戻して再稼働するには、かなりエネルギーを使うので」

ニコショコラトリー甲斐さん

ライフステージの変化に合わせて選んだ仕事も、やはり菓子職人

パティシエとして約9年間働いた後、出産を経て子育てのために離職して実家近くに引っ越すことを決心した甲斐さん。新しい仕事を探すなかでも、目に留まるのはやはり菓子職人の仕事ばかりだったそうです。3年間の休職期間を経て地元のケーキ屋さんで働いた後、チョコレート専門店となった「ニコ ショコラトリー」で再び働くことになります。

産後の働く場所を探すうえで、ご自身にとって重要だったことは何ですか?


甲斐さん
「子育て優先で働けることが最重要ポイントでした。土日祝日はもちろん、平日でも保育園の送迎ができる時間帯での勤務で、しかも正社員で働ける場所を探しましたが、なかなか希望の条件を満たす職場はありませんでした。これまでの自分のスキルを活かすなら、製菓業界しかないとはわかっていながらも、業界について知っているがゆえに、子供の体調不良などを理由に急に休みを申し入れることがどれほどお店に迷惑がかかるか知っているので、職種を変えようと思っていたんです」

それでもやはり、菓子職人として再就職されたんですね


甲斐さん
「はい。身近にいた両親が、サポートをしてくれると言ってくれたことと、再就職先のオーナーご自身が小さいお子さんを育てられていたことで、子育てに対する理解が深かったことが決め手になりました。オフィスワーカーにとっては当たり前かもしれませんが、1日の労働時間が決まっていて、土日祝日でも休みを取得しやすい環境で働けることは私にとってとても大きかったです。子育て中心で現場を離れていた期間にも、プライベートでケーキを作って、人から感謝されることの喜びを感じていたので、また仕事でお菓子と向き合えることが素直に嬉しかったです」

「ニコ ショコラトリー」でまた働くことになった経緯は?


甲斐さん
「順調に働き続けていくなか、徐々に職人として『もっと知識を増やして、技術も上げたい』という欲が出てきました。大分のお菓子屋さんで働くかたわら、休日を利用して『ニコ ショコラトリー』に研修に行って自分が知らないショコラについての勉強を始めていたんです。そうやって少しずつショコラトリーの仕事に惹かれていったことと『ニコ ショコラトリー』が働く人間に寄り添った職場環境になっている事を実感し、子育てしながらでも続けていけそうだと判断して福岡にまた戻ってきました」

働く側に寄り添ったお店づくり

ニコショコラトリー

▲整えられた設備のおかげで作業効率が上がり、体力仕事も軽減されている

ニコ ショコラトリーならではの就業システムは?


甲斐さん
「勤務時間は9 :00~17 :00で週休二日制。日・月曜日がお休みです。人出の多い日曜日が定休日になっているのには理由があって、うちの子供はもう小学生ですが、小さいお子さんがいると日曜日は保育園を頼ることもできないので、どうしても働き続けることは難しくなると思うんです。そんなスタッフたちの事情に理解を示すだけでなく、実際に環境を整えてくれているのが『ニコ ショコラトリー』だと思います。復帰当初の私は、転校直後の息子が精神的に不安定にならないかを心配していましたが、オーナーの配慮で退社時刻を16 :30にしてもらえたことで、毎日自宅で息子の帰りを待つことができました。また、3年前の法人化を機に福利厚生がさらに充実したので、産休・育休制度を利用して復帰したスタッフもいるんですよ」

「働き方改革」のお手本のようです


甲斐さん
「『働きやすい環境を目指す』と言葉にするのは簡単ですが、1週間の中で一番売り上げの高い日曜日を定休日にする決断は簡単にはできないはずです。また、東京や神戸で行われる講習会も受講させてもらえたり、お店オリジナルのチョコレートを製造した際にはフランスにも同行させていただいたりと、モチベーションアップにも繋がっています。オーナーの理解や取り組みには感謝しかなく、これからも働き続けて恩返ししたいです」

ニコショコラトリー

▲フランス・カカオバリー社でオリジナルチョコレートを作った際の矢ヶ部シェフ(写真右)との一コマ

最後に、ショコラティエは女性にとっても生涯続けられる職業だと思いますか。


甲斐さん
「はい、続けていけると思います。パティスリーよりもショコラトリ―は比較的時間の融通が利きやすいと思いますし。私自身、製菓業界から離れることを考えた時期もありましたが、続けてこられて良かったと心から思います。就業時間や定休日など、オーナーの理解次第な部分もありますが、求めるばかりではなく、働く側の姿勢も重要だと認識しています。お互い人なので、家族や同僚、オーナーなど周囲の人たちの理解や協力を得られるようにしています。今後の製菓業界が女性や子育て世代にとって、もっと働きやすい職場環境になり、働く人たちが笑顔で力を発揮できるお店が増えて欲しいなと思っています」

取材を終えて

サービス業である飲食店勤務は、スタッフよりもお客様への配慮が優先されがちですが、「ニコ ショコラトリー」では全く違っていました。甲斐さんの働き方を伺うなかで、従業員が仕事と家庭の両立をしやすいお店作りの重要性を感じました。
シェフを除く製造・販売スタッフは全員女性で、多くが子育て世代。ショコラ好きだということ以外にも、共通点が多いお店は会話であふれています。必然的に販売員さんも矢ヶ部シェフのショコラへの想いやイメージを熟知していて、販売時の商品説明に普段の会話が活かされていました。日曜日をお休みにしてから1年が経つそうですが、『スタッフあってのお店ですから、日曜日を休みにしたことに悔いはないですよ。』と微笑むシェフの言葉にもしびれました。

ニコショコラトリー

▲お店の前で矢ヶ部シェフと

【取材協力】

ニコショコラトリー

NICO chocolaterie(ニコ ショコラトリー)
住所: 福岡県小群市小郡482‐6
営業時間:11:00~17:00
定休日:月・日祝日
公式サイト:https://nico-chocolat.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/nico_chocolaterie/

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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