ARTICLE
2025.09.22

「スタッフの8割が女性。パティスリィ アサコ イワヤナギの産休・育休事情」 女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.13

アサコイワヤナギ
パティスリィ アサコ イワヤナギ
小原 実来(こはら みく)さん
製菓製パンの専門学校卒業後、パティシエールとして約7年勤務。
その後パンに興味を持ち約3年ブーランジュリーでの勤務を経て、 アサコイワヤナギのパフェに魅了されて同店に入社し現在に至る。
『お客様に喜んでいただけるように常に丁寧かつ美しいお菓子を作れるように心がけています』

パティシエ・パン職人の入り口とも言える製菓製パン系専門学校の学生さんは、約8割が女性です。これは筆者が学生だった約30年前から変わっていません。
それなのに、当時いっしょに学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。厳しい修業期間を知るからこそ、自分自身を納得させてこの現実を受け止めているのと同時に、好きな仕事を続けたくても続けられない女性職人のもどかしさも感じてきました。

なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由のひとつにライフステージの変化が挙げられます。結婚後、家事や子育てなどと仕事の両立について悩むことは製菓・製パン業界に限った話ではありませんが、早朝からの勤務や、長時間労働が多いこの業界では、生活の軸が変わっても職人として働き続けるのが難しいのが現状です。

培ってきた技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちが増えてほしい。この道を選んだすべての人が、好きな仕事を長く続けることができる業界になってほしい。そして製菓・製パン業界の新人職人さんたちにも安心して夢を抱いてほしい! との思いで続けてきたこの連載企画。今回は東京・世田谷で人気の「PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI(パティスリィ アサコ イワヤナギ)」で産休・育休制度を利用した小原実来さんとオーナーシェフの岩柳麻子さんにお話を伺いました。

麻子シェフが生み出す圧倒的なパフェの存在感にひかれて入社

今から約5年前の2020年に、小原さんはパティシエールとして「パティスリィ アサコ イワヤナギ」に中途採用で入社しました。女性が結婚後に再就職先を探す際、「もし子供を授かったらどうなるだろう」と考えるのは自然なことかと思いきや、当時すでに結婚をされていた小原さんは、意外にも同店の産休・育休取得制度に関して特に何の質問もしなかったそうです。大きな不安もなく再就職された理由を伺いました。

入社のきっかけを教えてください。

小原さん

麻子さんの手がけるパフェの魅力はもちろん、ケーキにも女性が作っているとは思えないカッコよさが光っていて、このお店で働きたいと強く思うようになりました。

アサコイワヤナギ

▲ショーケースで光り輝くケーキたち

働き始める前に子どもができた時のことを考えませんでしたか?

小原さん

オーナーシェフである麻子さん自身にもお子さんがいるので、子どもができた後の仕事についてはあまり心配していなかったんです。きっと理解がある会社だろうと、根拠のない自信がありました。実際に働きだしてみると、販売や事務でも妊娠されている方が働いていらして、その方々も産休・育休制度を利用して職場に復帰されていました。自分の見る目に間違いはなかったと思ったのを覚えています。

実際に妊娠の報告をした時に印象に残っていることはありますか?

小原さん

同僚が産休・育休を経て復職する姿を見ていたとはいえ、実際に自分が会社に報告する立場になった時は緊張しました。お店側から『ゆっくり休まないとね、いつ戻ってこれそうかな?』と優しい言葉をかけてもらえたことが印象的でした。『私は、戻ってきていいんだ、パティシエールを続けていいんだ』と思えてとても安心しました。

アサコイワヤナギ

▲ケーキのパーツ製造を担う小原さん

「育休・産休制度を整えない選択肢はなかった」オーナーシェフの想いとは

麻子シェフがお店で本格的に育休・産休制度の導入を考え始めたのは、あるスタッフが妊娠・出産を迎えたことがきっかけでした。シェフ自身も15年前に出産を経験しており、当時経営していたお店「pâtisserie de bon coeur(パティスリィ ドゥ・ボン・クーフゥ)」では産休・育休制度をうまく運用できておらず、シェフ御自身は大きいおなかで出産ギリギリまで働き、わずか2ヶ月の間に出産して現場に復帰されたといいます。

アサコイワヤナギ

▲オーナーシェフの岩柳麻子氏

出産のための休みが2カ月間というのは、本当に信じられません。

岩柳シェフ

その当時は、産休・育休制度があるなんて考えもしなかったというのが実情です。さらに私は3人の経営者のうちの一人。育休制度はそもそも労働者の権利なので、経営者が長期間休んで手当が支給されるわけでもありません。シェフとしてお店に出す商品すべてに責任もありましたし、少人数で回していたこともあって、運よく4月から保育園に入れたことで、産後すぐに仕事に復帰しました。

体力的にもかなりきつかったのではないでしょうか。

岩柳シェフ

ちょうど妊娠がわかったのが「パティスリィ ドゥ・ボン・クーフゥ」の2店舗目を白金でオープンするために奔走していた時期で、プレッシャーもあったんです。私はかなり負けず嫌いなところがあって、私以外の男性経営者2人に対して何とか両立してみせると意地を張っていたんですよ。さらには出産したのが、バレンタインデー翌日の2月15日!パティスリーではかなりの繁忙期なので、ギリギリまで働きました。

そんな壮絶な経験もあっての現在ということですね。

岩柳シェフ

実は今のお店を始めてすぐに産休・育休制度の整備を始めたわけではないんです。きっかけは、私にとって従業員というよりはもう長年の大切なパートナーであるスタッフが出産することになったことです。そのスタッフは、「パティスリィ ドゥ・ボン・クーフゥ」時代からずっと一緒に働いてくれていて、私にとっても超重要人物でした。本人からは、夫婦2人とも実家が遠いので、身近にサポートしてくれる人が居ないということも聞いていました。私自身は出産を機に実家の両親と一緒に住むことになりいつも助けてもらっていたので、支援がない人はどうしているのか、ずっと気になっていたんです。この先も一緒に働いていきたかったので、急いで国の補助や保険制度を調べ、スタッフが安心して休めるよう準備を進めました。私にとっては育休・産休制度を整えないという選択肢はなかったんですよ。

その方は今でもパティシエールとして働かれているのですか?

岩柳シェフ

今もうちで働いてくれてはいますが、復帰後は経理や人事の仕事を担ってもらっています。パティスリーの運営には菓子製造以外にもたくさんの仕事があるので、裏方の業務で復帰してもらいました。復帰しても子どもが小さいうちは急に体調が悪くなったりもするので、朝早くから夕方遅くまでの交代勤務の製造職より、毎日勤務時間が決まっていて、子育ての時間もちゃんと取れるような部門の方が働く人の権利を守りつつ、職場全体の信頼感も高まる気がします。最初に制度を利用したスタッフと共に徐々に体制を作っていったことで、うちでは結婚しても母になっても働いていけると感じてもらえているのか、今では先輩ママがたくさんいる環境になってきています。ただ、今回の小原のように、パティシエールとして復帰を希望する人もいるので、今では製造現場で活躍してもらえそうなポジションも整えています。接客に近いカフェでの製造業務となると、急な欠勤は同じポジションで働くスタッフにもかなりの負荷がかかります。来店されるお客様に直接迷惑をかけることがないよう、主に焼き菓子の製造や生菓子のパーツの仕込みに従事してくれています。

アサコイワヤナギ

▲従業員の約8割が女性スタッフ

アサコイワヤナギ

▲店舗そばにある厨房でお菓子の仕込みを担当する小原さん(左)

制度を活用して感じた本音

小原さんの専門学校時代の同級生は、結婚や出産を機にパティシエールを辞めたひとがほとんどだといいます。勤務先では産休・育休取得後に復帰される前例が多くあったとはいえ、子育てと仕事を両立していく上で不安や困難もあったと思います。実際のところはどうだったのでしょうか。

復帰前に不安だったことは?

小原さん

出産後に同じように働けるかどうか、体力的な心配は常にありました。パティスリーの仕事は華やかなイメージとは正反対で力仕事が多い立ち仕事です。体力の低下を自身でも感じていたので心配していました。実際、復帰直後は時間にも気持ちにも余裕がなくて苦労したんですが、今では子供のいる生活にもすっかり慣れてバランスを取れるようになってきました。

気持ちに余裕を持つために具体的に意識していることはありますか。

小原さん

完璧を求めることはやめようと意識しています。以前は、『部屋が散らかっていたらダメ、料理も自分でちゃんと作らないと』と思っていました。でも今は、ちょっとくらい部屋が汚れていても、料理ができなくても、まあいいかって思えますし、できなくて困っていることを夫に相談して協力してもらえるようになりました。

復帰してよかったことは?

小原さん

離れていた期間があるからなのか、お菓子に触れていると、自分がこの仕事をどれだけ好きなのかを実感できました。そして、このお店で一緒に働いているスタッフのことも好きだということを再認識できました。職場での時間は仕事ではあるんですけど、大好きな人たちとスイーツやケーキの話ができることが毎日のモチベーションになっていて、子育てにもプラスになっていると感じています。外で働くことで子供と過ごす時間は短くはなりますが、その分、貴重な時間だと認識して子供にも向き合えているので、理解のある職場と同僚にはとても感謝しています。

産休・育休制度を活用して復帰してもらうことがお店に与える良い影響はありますか?

岩柳シェフ

どうしても欠勤する頻度が高くなってしまうことで、シフトの中で『1』の労働力として数えられないという現実はありますが、みんなでフォローしようという意識が会社全体で高まったと思います。社内連絡網として導入しているアプリを通して、シフト連絡を共有しているので、子どもの体調不良等で早退を余儀なくされたときにもアプリを通して各自が上長に報告をするんです。うちは複数の店舗と厨房スペースに分かれているので、各セクションの責任者同士が状況を理解して、セクションをまたいでフォローに回れる仕組みもできあがりました。社内連絡網アプリをうまく活用することで、会議そのものの時間短縮にもつながっています。お店の在り方は働く人によって変えたらいいと思っています。お客様の理解があってこそですが、営業時間が短くてもオンラインで売り上げを確保したり、土日が定休日でも成り立つ場所を選んで出店したり、一見デメリットに見えたり物理的に難しいことをどうやってクリアしていくかを考えるのが私は好きなんです。これからも、子育てと仕事の両立を頑張る従業員たちと一緒に考えていきたいです。

取材を終えて

今回取材した小原さんは、「この仕事が好きだから続けたいという気持ちが、育休・産休制度によって支えられた。製菓製パン業界でも制度を活用することが自然になっていってほしい」と語っていました。世の中がどんどん進み、制度が特別なものではなくなり、働き続けたい人のための当たり前の仕組みとなることを筆者は願ってやみません。
製菓製パン業界は、まだまだ小規模経営が多く、制度導入のハードルが高いと感じるかもしれませんが少しずつでも取り入れていくことで、業界全体が変わっていくはずです。
このインタビューが、制度導入を迷っているオーナーや、働き続けるか悩んでいる職人たちの背中を押すきっかけになりますように。

アサコイワヤナギ

【プロフィール】
岩柳 麻子(イワヤナギ アサコ)さん
専門学校で染織を学んだのち、飲食店でのアルバイトをきっかけに料理の道に進む。2005年に「pâtisserie de bon coeur(パティスリィ ドゥ・ボン・クーフゥ)」でシェフパティシエールを務めた後、2015年に独立、東京・等々力に「PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI(パティスリィ アサコ イワヤナギ)」をオープン。2023年6月、福岡に「ASAKO IWAYANAGI FUKUOKA(アサコ イワヤナギフクオカ)」をオープン

【取材協力】
PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI(パティスリィ アサコ イワヤナギ)

アサコイワヤナギ

住所:東京都世田谷区等々力4丁目4
営業時間:11:00~18:00
定休日:月・火曜日
公式ホームページ:https://shop.asakoiwayanagi.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/patisserie.asakoiwayanagi/

 

この記事をシェアする
Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
1
chefnoベーカリー座談会
ARTICLE
2025.11.11
chefnoベーカリー座談会 第一回「原材料の値上げ」
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
2
ARTICLE
2024.01.09
インタビュー 老舗和菓子屋からパン屋へ パティシエ出身シェフが作る美しいパン ル・シュプレーム 渡辺 和宏
ベーカリーパートナー編集部
3
スペシャリテ
ARTICLE
2025.05.27
キーワードは11分。「毎日でも食べられる」と評判の「フキアージュ」のフィナンシェ
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
4
ARTICLE
2025.02.11
男女別・年代別・エリア別 好きなパンランキング 
ベーカリーパートナー編集部
無料会員を募集しています!
chefno®︎では、会員登録することによって、会員限定のコンテンツを視聴したり、 製パン・製菓のセミナー(無料・有料開催)に参加することができます。 ほかにもいろんな特典を考えております。みなさまの登録をおまちしています!