パティシエ・パン職人の道への入り口とも言える製菓製パン系専門学校の学生さんは、約8割が女性です。これは筆者が学生だった20数年前から変わっていません。
それなのに、当時いっしょにお菓子を学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。
時代が令和になった今、製菓・製パン業界の労働環境もいくらか改善され、女性職人が生き生きと働ける場所になったのではと、期待をこめて現状を調べてみると、予想に反した答えが見つかりました。
なんと、就職してから半年後に行う離職調査(※出典元 辻調グループキャリアセンター調べ)によると、2021年度の女性の卒業生のうち、19.2%が仕事を辞めてしまっていたのです。
なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由は様々でしょうが、そんななかでも技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちがいます。彼女たちへの取材を通し、好きな仕事を長く続けていくためのヒントを見つけ出す。そして新人の職人さんたちにはもっと勇気をもって夢を抱いていただきたい!
女性の思考を知ることは、男性職人やオーナーさんにとっても良い機会のはず。貴重な人材である女性職人への接し方のヒントが、見つかるかもしれません。
記念すべき初回は、チョコレート好きが高じてショコラトリー“Le Bonbon Et Chocolat ”をオープンされ、仕事と家庭の両立を果たす前田こず枝さんを取材しました。滋賀県長浜市、JR長浜駅から歩いて10分ほど。江戸時代からの古き良き街並みを活かした長浜屈指の観光地で、年間200万人が訪れる黒壁スクエアにほど近い場所にチョコレート専門店 “Le Bonbon Et Chocolat”はあります。
シェフの魅力は、なんといっても人間力。出会った方がつい手を差し伸べたくなる人柄は、シェフが貫く、人との丁寧な向き合い方に関係していました。
目次
フランスに行って惹かれた、小さな町のショコラトリーがある日常
日本でパティシエールとして長く働いていくなかで、お菓子の本場であるフランスを見たいとの思いが強まり渡仏した前田シェフ。3か月間でフランスの地方を巡りながら、ゆっくり仕事探しの旅をする予定が、わずかひと月で仕事が見つかったのだとか。
地元長浜で、チョコレート専門店をオープンするきっかけは何だったのでしょうか?
□前田シェフ
「リヨンを旅していたときに、たまたまサロンドショコラが開催されていて、そこでショコラのピエスモンテのデモをされていたFrançois Gimenez(フランソワ・ジムネ)さんに私から話しかけたのがきっかけです。飽きることなく、ブースの前で見学を続けていると、「明日自分のお店を見においで」と誘われました。つぎの日にお店に伺い、厨房見学をさせてもらった後、サロンドショコラにも同行させてもらえたんです。ジムネさんの人柄にも惹かれて、お店で働きたいと申し出ました。ずっとフランス語で書いた履歴書は持ち歩いていたんです。日本で自分が作った作品の写真も入っていたので、言葉の壁があっても、自分のできることのアピールはしやすかったと思います。ジムネさんに履歴書を見てもらい、人手が足りていない時期だったこともあって、とんとん拍子で働けることになりました。
パティスリー・ショコラトリー「François Gimenez(フランソワ・ジムネ)」は、家族で営まれているお店で、店先には奥さんとお母さんが立ち、チョコレートの型拭きとリンゴの皮むきの際に加勢するお父さん。お店の中では子供がちょろちょろしているのが当たり前。そんな家族全員が総出でジムネさんをサポートしている環境で働くなかで、こんな形もあるんだと知ったことは大きかったです。
その後も働きながら、お店の休みを利用しては旅を続けました。旅するなかで気づいたことがあります。それは、フランスはどんな小さな町にもショコラトリーがあるということです。食べ歩きをしていくなかで、次第に小さくて可愛いボンボンショコラの世界へと惹かれていき、いつか地元・長浜で自分の好きなボンボンショコラを作りたいという思いが強くなっていきました」
渡仏して働きたいと思っていても、なかなか自分から積極的に話しかけることができる人は少ないはず。今はインスタグラムのDMなどを活用して、有名シェフへも直接コンタクトをとれる時代ですが、前田シェフが渡仏されたのはまだSNSも盛んではない頃。フランス人シェフに自分から話しかけて、就職先まで見つけられたというから驚きです。
子供のころから積極的な性格だったのでしょうか?
□前田シェフ
「子供のころは全くポジティブではなく、どちらかというと大人しい性格でした。海外での経験がとにかく自分を強くしたと感じています。短大卒業後、仕事内容もわからない会社に就職することに疑問を感じて、自分が何をしたいかを考えるためにニュージーランドへ行ったのが初めての海外でした。知り合いがいない外国では、自分で何とかするしかなく、おかげで何でも自分で切り開いていく術が身に着いたと感じています。ワーキングホリデー制度を利用したので、仕事を見つけるために電話帳を広げて、片っ端から電話をかけたり、仕事がないか直接訪ねていったり。やっと仕事を見つけたニュージーランドのホテルでキッチンやハウスキーピング業務をするなかで、パティシエという職業に初めて出会いました。働きながら、ニュージーランドの大自然に魅せられて登山にもはまり、今度はカナダで登山がしたくなり2度目のワーホリを利用しました。カナダでもホテルのキッチンで働いたんですが、この頃からパティシエの仕事に興味が沸いていきました」
元々パティシエを目指されていたわけではなく、自分が何をしたいかを見つけるために訪れた海外での暮らしのなかでパティシエという職業に出会い、お菓子の本場を見たいと思って訪れたフランスで天職となるショコラトリーの魅力にはまった前田シェフ。
女性が理由のできないはない
ワーキングホリデー制度を2度活用した後、日本でお菓子の専門学校を出て25歳からパティシエとして働きだした前田シェフは、休みの日に山へ出かけていっては大自然を満喫されていたとか。登山を通して出会ったという旦那様には、結婚前から渡仏の意思を伝えられていたというから驚きです。
そして念願の自身のお店を開業した前田シェフ。自分の職に向き合って仕事に没頭し、開業の夢を実現させることだけでも大変なことだと思いますが、前田シェフはショコラトリーの開業と、さらに出産という大きな人生の節目を同時期に迎えることになります。
□前田シェフ
「せっかくお菓子作りをしているのだから、『フランスの本場を見て、お店を開きたい』という思いは自然なもの。そこに『自分は女性だから』、『結婚しているから』という理由で制限をかける必要はないと思います。
出産とお店のオープンが重なり、開店当初はもちろん大変だったのですが、趣味の延長でやるお店だから1人でもやれると考えていました。母の協力もあり、子供をおんぶしながら厨房に立ち続け、2人目が生まれるタイミングで夫にも本格的にお店を手伝ってもらうことにしました。周囲を巻き込むのに、コツはありません。楽しいことしか考えず、好きなことを続けていくと、周囲が手を差し伸べてくれるんだと思います」
自分にとっての自然なスタイルが無理なく続けられる秘訣
開店当初は6種類だったボンボンショコラが、今では24種類。キラキラと輝く宝石のようなボンボンショコラを前に商品開発などのお話を伺うなかで、オーナーそしてひとりのショコラティエールとして、今でも絶やさない「好きなこと」への情熱が垣間見られました。
商品開発をする際に心がけていることは何ですか?
□前田シェフ
「以前は、フランス・ベルギー・ウィーンなどのお店を回って参考にしていましたが、今は出かけられる時間もありません。日本のサロンドショコラに出た際にほかのお店で出されているものや、ネットで購入したものからヒントを得ることもあります。今まで作ってきたたくさんの配合や、本から学ぶ知識がベースとなっています。心がけていることは、あくまで自分の好きなものを作るということ。今までもこれからもそれは変わりません。より美味しくするための微調整や製造工程の見直しは欠かしません。生菓子も置いてはいるのですがイチゴのショートケーキはありません。商品構成を工夫して、朝10時の開店に向けて9時に仕事を始めれば間に合うようにしています」
3年前からサロンドショコラにも出店されていますが、どんなご縁だったのでしょうか?
□前田シェフ
「せっかくチョコレートを作っているので出店したいと思い、自分から百貨店に手紙を送りました。すぐに担当者がお店に見学に来られて、出店が決まりました。『やりたいことには挑戦する』、『自分から行動をおこす』というのが私にとっての自然なスタイルで一貫しています。サロンドショコラには毎年新作を持って行こうと決めていて、次回作も頭のなかにすでに構想があります。パッケージにもこだわって作り込みたいと考えています」
シェフの目標とこれからについて教えてください
□前田シェフ
「今まで同様、楽しいことしか考えずに前進していきたいと思っています。何かが起こる前に不安に思って、悩んでいても仕方のないこと。楽しいことしか考えないという強みは持ち続けたいですね。お店に関しては、4年前から移転先を探していて、伊吹山が見えるいい土地をすでに見つけています。現在農地である場所を住宅地に変更する手続きがとても大変なのですが、2年後には住居兼店舗を構えたいと思っています。手伝ってくれている母も、スタッフも自宅から近くなる、みんなにとって良い場所なんです」
悩みを抱える女性職人へのアドバイス
結婚や出産という人生の節目が訪れても、お菓子を食べること・作ることが大好きな女性職人が仕事を辞めなくてもいいような環境が当たり前になってほしいと願う筆者から、前田シェフへずばり聞いてみました。
女性にとって、この職業は一生続けられるものだと思いますか?
□前田シェフ
「もちろん、続けられると思います。好きなら、やめる必要はありませんよね。パートタイマーで働き続けてもよいし、今は、ネット販売という手もある。お菓子教室をするという選択肢だってある。正社員で長時間働き続ける必要はないし、子育てが落ち着いて時間ができた時点で働き方を見つめなおせばいいと思います。お店にとっても、経験のある方にパートタイマーで働いてもらえるのはありがたいことだと思いますよ。うちの販売スタッフは正社員で、9時から17時30分までの勤務時間のなかで、活き活きと働いてもらっています。
少し質問の回答とはずれますが、現在の若い職人に対しては、もっと厚かましくなるべきだといつも感じています。昔に比べていろんな情報があふれているのに、興味のあることですら真剣に調べることをしないというのはダメ。自分で情報収集することと、先輩たちに何でもどんどん質問することを意識していれば、知識や技術を吸収できますよね。そうすれば人生の大きな節目が訪れても、やめるという選択肢は出てこないくらいになっていると思いますよ。日本人の大半は控えめ。私はこれができる、これもできる、これだけ経験があるという事実をしっかりアピールすることもとても重要です。経験や実績は雇い主側にもとても重要なので、自己アピール力を今のうちから磨いておくことをお勧めします」
取材を終えて
同世代の女性オーナーショコラティエールへの取材ということで、取材当日の私のドキドキ・ワクワクは相当なものでした。開業までの道のり、現在の働き方、今後の目標について伺うなかで、現在子育てと仕事の両立に奮闘する私自身も勇気づけられました。
「時間ができたら家族で山に登りたい」と語る時のシェフの眼差しは、ショコラについて語る時のそれと違い、穏やかなママそのものでした。好きなことへの探求心や男勝りの負けん気の強さに加えて、ショコラへの情熱、スタッフ・家族への心遣いにあふれた前田シェフのボンボンショコラ、美味しいはずです。
専門店ならではのシェフの個性が光るラインナップはネット販売もされています。
私もこの記事を書き終えたら、自分へのご褒美に前田シェフのショコラを注文しようと決めました。
●About Shop
Le Bonbon Et Chocolat
住所:滋賀県長浜市元浜町18-22
営業時間:10:00~17:00
定休日:水・木(祝日は営業)
URL:公式サイトはこちらから