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2024.06.26

自慢のスタッフひとりひとりを輝かせたい。 進化し続けるホテルグランヴィア大阪のシェフパティシエ 市原健太郎

ホテルグランヴィア大阪市原シェフ
株式会社ホテルグランヴィア大阪 調理部 ベーカー
市原健太郎(いちはら けんたろう)シェフ
大手前製菓学院専門学校卒業後、株式会社ホテルグランヴィア大阪に入社。
2017年よりシェフパティシエを務める。
<受賞歴>
2013年 第7回アシエット デセール・コンテスト 準優勝
2014年 第1回 JR西日本ホテルズパテシエコンテスト 準優勝
2014年 ROLL-1 グランプリ / 第3回スイーツコンテスト 準優勝
2017年 第11回グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテスト 3位
2019年 第13回グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテスト 優勝
2019年 第14回クインビーガーデン メープルスイーツコンテスト グランプリ(最優秀賞)
2020年 第1回 DLAショコラ アレンジレシピコンクール アシェットデセール部門 優秀賞
2020年 大阪府洋菓子コンクール 優良賞
2022年 第15回グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテスト 優勝
運営サイトはこちら

「働き方改革」という言葉がすっかり定着し、オフィスワーカーだけでなく、製菓業界でも、徐々に働く環境に変化を感じるようになりました。同時に、仕事が「自己実現」や「やりがい」を大切にして「自分自身を成長させてくれるもの」としてとらえることが難しくなったようにも感じます。
限られた時間の中で効率よく働き、さらに後輩や新人のスキルアップやキャリアアップを図るにはどのようにすればいいのか、日々頭を抱える方は少なくないのではないでしょうか。

シェフご自身のみならず、数々のコンテストで輝かしい成績をおさめるスタッフを多数率いるホテルグランヴィア大阪の市原健太郎シェフに、パティシエにとっての職場環境と、仕事や後輩への向き合い方について、お話を伺いました。

ベーカーはワンチーム

はじめに、ホテルグランヴィア大阪の現在の職場環境について教えてください。

市原さん
「調理部ベーカーという部署全体の人数は20人です。男女比率は2:8くらい。9割以上が正社員です。パティシエ業界では、中堅どころの20代半ばから30歳くらいの年齢が辞めてしまったり、抜けてしまったりという問題はよく聞きます。ですが、うちはみんな長く続けてくれているので、上は30代半ばから下は20代前半までいます。
業務内容については、他のホテルと同じく、ベーカリー、レストランのデセール、ティーラウンジ、宴会…と役割は色々あるのですが、他のホテルと違う点は、ベーカー全体をひとつのチームとして『みんなでやろうぜ』という感じで、ポジション分けをしていないところです。例えば、レストランが忙しい日はみんなでレストランのデセールに取り組みます。以前は宴会担当、焼き物担当、仕上げ担当、とポジションが分かれていましたが、僕がシェフになってすぐにそれはやめました。
勤務時間が休憩を除いて8時間と決められているので、その中でコンクールの練習もします。ひと昔前のような、『勤務が終わってから夜中まで練習する』ということはしませんし、させることもありません。コンクールに挑戦するスタッフが練習するときも、通常の業務を全員でサポートします。残業も、クリスマスなどの繁忙期以外はそれほど多くはないと思います」

グランヴィア大阪市原シェフ

1日の仕事の流れを教えてください。

市原さん
「朝は6時半始業です。朝礼でその日入っている仕事や注意点を全員で確認し、どのような流れで進めるかを共有したら、『さあ今日も1日、いきましょう!』と士気を高めて各自配置につきます。朝から出すデセールに取り掛かりつつ、別の仕込みも同時進行で行います。宴会が入っている日は、時間になればみんなで取り掛かり、それを運んでもらっている間に今度はレストラン用デセールの盛り込みをする。それが終わると、片付けをする人、翌日の準備をする人、最後の仕上げをする人…と手分けをし、最後は終礼をして終わりです。
終礼では、メンバーの良かったところを報告して褒め合います。どれほど忙しくても、大きな失敗をして落ち込んでいても、終礼は毎日欠かさず行います。新入社員も含めて全員、まず人の良いところを見つけられる人間になるように伝えています。僕だけが褒めても意味がないので、みんなに発言してもらうようにしています。そうすると、どうしても終礼は長くなってしまいますが、みんなとコミュニケーションが取れるこの時間は大切にしています。

最近は出勤時間を遅くするところが多いと聞きますが、そうなると終業時間も遅くなってしまいますよね。夜遅くなると、勉強など自分の時間が取れなくなるし、ご飯に行ったり話をしたりといったコミュニケーションの時間もなかなか取りづらくなるので、うちは『早く来て、早く帰ろう』というスタイルにしています。あとは、朝の方がみんな元気なので、早い時間に働く方が良いと感じています」

夜の宴会予約がある日は遅くなるのではありませんか?

市原さん
「もちろん、ベーカーが早く帰るからといってお客様が宴会をされる時間は変わりません。多くのホテルでは、宴会のデセールには仕上げでアイスクリームをのせていると思いますが、僕がシェフになって、夜の宴会でアイスは使わなくなりました。他の仕事は終わっているのに、最後の仕上げであるアイスをのせるためだけに待機するのはもったいないとずっと思っていたので。アイスをのせなくても完成する綺麗な飾り付けに仕上げることで宴会終盤のお話が盛り上がる時間帯でも、溶けてしまうこともなく見た目に美しい、もちろん食べても美味しいものをご提供できるようになりました。実際に、アイスが無いことに対するクレームはなく、むしろデセールが好評でグレードアップのご依頼をいただくこともあります」

グランヴィア大阪

▲鉄板焼きレストランで提供された、紅茶と柑橘のデセール(取材時)

若きシェフの人生の転機となった言葉

グランヴィア大阪へ入社したきっかけは?

市原さん
「元々、コンクールで賞を取りたいと思ってホテルに入りました。コンクールで早く結果を出して、シェフになって、ケーキのことだけ考えていたい。こんなことやあんなことをしたい、という想いはあふれていました」

修業時代に大変だと感じたことはありますか。

市原さん
「昔は、自分の時間は自分で作らなければならなかったし、先輩から丁寧に教えてもらうということも無かったような気がします。
はじめのうちは片付けとか皿洗いとかばかりで、なかなかケーキを作らせてもらえなかった。僕が若手のころは焼き場担当として2年くらいはオーブンを使う焼き物しかさせてもらえませんでした。僕はそれがすごく嫌で、『辞めたい』とか『何しにここに来たんだろう』とか考えることもありました。
だから、今は入社1カ月のスタッフにもケーキを作らせたり、新商品開発をさせたりすることもあります。もちろん、片付けや洗い物もおろそかにしてはいけない大切な仕事であるということを伝えながら」

シェフになってから苦労したことは?

市原さん
「僕がシェフになった当初は、ポジション分けに加えて『派閥』みたいなものがありましたし、先輩がたくさんいるなかでシェフを務めるのは正直やりにくかったです。また、自分の想いが強いあまりに『何でもっとこうしてくれないんだ』という不満をすごく募らせて、周りと喧嘩もしました。今考えると、相手に伝える能力が僕に足りなかったり、人のせいにしていた部分もあったと思います」

そのような状態から変わるには、何かきっかけがありましたか。

市原さん
「コンクールに出てもずっと優勝できないことが続いていて、夜まで練習していた時に、先輩から仕事のことで話しかけられて言い合いになってしまったことがありました。『実技のコンクールで時間を測って練習しているんだから、今はほっといてくれ』という感じで。そういうことはときどきあったんです。
そんな時、自分の間近でコンクールもサポートしてくれていた山本*というスタッフに『市原さんはせっかくこんなに頑張っているのに、スタッフみんなに応援してもらわないと損ですよ』と言われました。結局、僕は自分のためにコンクールに出場して、自分のためにケーキ作りをしていただけなんだということに気づかされた言葉でした。お客様に喜んでもらうことが大切なのに、自分の技術ややりたいことばかり考えていた。
そこから、『お客様のために愛情を持ってケーキを作ろう』『このチームのためにコンクールで優勝したい』という考えに変わりました。今でも思い出してこみ上げるくらい、それが間違いなく自分にとっての転換点です」

※山本桃歌(ももか)さん:市原シェフの下でスーシェフを務める。グラス(氷菓)を使ったアシエットデセール・コンテストで史上初の2連覇を達成。

山本さんの言葉があってから、具体的にどのように変わってきましたか。

市原さん
「ホテルのチームとして、みんなが同じ想いをもってベクトルを合わせないと、お客様のためにならないんだということを痛感して、『僕の』ケーキでも『誰かの』ケーキでもなく、『グランヴィア大阪の』ケーキをみんなで出そうということはすごく意識するようになりました。個人のパティスリーではなくホテルでシェフパティシエを務める以上、お休みもあり、僕が全てのケーキに携われるわけではないので。
今はみんな、口癖のように『お客様のために』『愛情を持ってやる』って日々言っています。シェフになってから今で約7年、ここに至るまですごく時間がかかりましたが、スタッフのおかげで自分が変われたから、恩返しがしたい。彼らのためにコンクールで優勝したい、コンクールで評価されて『グランヴィア大阪のベーカーってみんなすごいよね』と言われたいと思うようになりました。その翌年から3年連続コンクールで優勝できたので、山本の言葉がきっかけだったと思います」

チームとしての意識が変わって、お客様からの反響はありましたか。

市原さん
「すごくファンの方が増えたなというのは身をもって感じています。ここ3年の、ケーキの売れ数、売り上げの構成比などの推移を見ていますが、全て伸びているんです。それは、ただ来客数が増えたのではなく、ケーキを食べに来てくださるお客様の数が増えているということを表しています。
町場のケーキ屋さんと違ってお客様と直接顔を合わせることはできませんが、僕たちの想いが届いているのだと感じています」

グランヴィア大阪

▲取材時にティーラウンジで提供されていたケーキ

良いことも悪いことも包み隠さず、本気で向き合う

終礼ではたくさん褒めるとのことでしたが、叱ったり注意したりすることはありますか。

市原さん
「改善してほしいことは都度言うようにしています。本気で向き合いたいから、言い方はきつくなっているかもしれません。『いいよいいよ、ドンマイ』と優しい言葉をかけるんじゃなく、『お前ならもっとできるのに何でできなかったん?』と。
傷つくから他の人がいない場所で言うということはせず、僕はあえて、みんながいる前で伝えるようにしています。でもそれは期待しているから。僕はみんなに対して嘘はつかないと公言しているので、その人にとって良いことも悪いことも、包み隠さず伝えます。ありがたいことに、あとから他のスタッフが『市原さんは、あなたに期待してるからこそ言ってるんだよ』とフォローしてくれたりしますね」

ほかに、チームを指揮するうえで心掛けていることはありますか。

市原さん
「仕事に対して『やりがい』を与えることが大事なのかなと考えています。最初にお話したように、シェフになってポジション分けをやめてから、年功序列だとか役職だとかは関係なく、できる人、モチベーションの高い人にどんどん任せるようにしています。
ただ任せるのではなく、どれだけ密にコミュニケーションをとれるかも重要なポイントで、彼らの想いもくみ取りながらアドバイスしてあげると、ますますやる気になって、僕が指示するまえに自らすすんで在庫管理をしたり、仕込みも一生懸命したりするようになる。自分が一つのケーキを土台から仕上げまで手掛けて、『できた』と感動しているその気持ちは、お客様にも届くんだろうなと確信します」

グランヴィア大阪市原シェフ

▲新しいデセールを考案した大田さん(写真右)と

夢と希望を作れるパティシエ

これからチームをどのようにしていきたいか、展望はありますか?

市原さん
「僕の目標は『スタッフの夢と希望を作れるパティシエになること』です。これはチームのみんなにもいつも言っています。今はどこでも人手不足だと言われています。ありがたいことに今パティシエスタッフは人材確保できていますが、ただの人手としてではなく『財産』ととらえることがとても重要だと考えています。やりがいや夢をもってここに来てくれた宝物であるスタッフに輝いてもらいたい。だから、入社してすぐに、まずはどんな夢を持って入ってきてくれたのか聞くようにしているんです。それを聞いたうえで、夢を叶えるためには何をしたいか、しなければならないか、一緒に考えています。
2015年に入社した藤野*というスタッフがいるのですが、彼女は4月にすぐ『世界一になりたい』という夢を話してくれました。それならコンクールに出てみたらどうかと伝えました。『お前ならやれる』と。実際にその3か月後のコンクール(第12回 キリ クリームチーズコンクール ジュニア部門)で優勝しました。
目標や夢を持ってグランヴィア大阪にきてくれたスタッフが仕事に責任感を持って、つらいことも乗り越えて人として成長して、お互いの夢を応援しあえる。彼らが活躍することで、最終的に僕が目指す『美味しいケーキをお客様へ提供すること』に繋がると思います。

※藤野みさとさん:2024年4月、ザ・ペストリー・クイーン日本選考会で優勝。2025年のイタリア本選に出場予定。

ペストリークイーン国内選考会

▲ザ・ペストリー・クイーン2025 日本選考会で優勝した時の藤野さん

最後に、市原さんが考える「良い職場」とは。

市原さん
「絶対に、ひとりひとりがやりがいと夢と希望をもって働ける場所が『良い職場』です。そして、僕たちが若い世代の子たちにやりがいを与えられること。それがあれば、みんな自然に努力するし、楽しい。一人ではできないことだと思います。お店で、チームで、切磋琢磨していける環境が良い職場ですね」

グランヴィア大阪

▲ベーカースタッフの皆さんと。自然と笑顔に

取材を終えて

取材時、スタッフの方々に市原シェフについて尋ねると、皆さん口をそろえておっしゃったのが、「お客様への気持ちが人一倍強い人」。自身について「口うるさい」と話されるシェフの想いはしっかりとチームに浸透しているのだと感じました。また、「日々戦場のよう」でありながらも美しい仕事をすることが受け継がれているのは、皆さんの真っ白なコックコートと整頓された厨房を見ると一目瞭然でした。
自然と笑顔があふれる関係性は、普段からコミュニケーションが取れていることの証です。

「どこに出しても恥ずかしくない自慢のスタッフたち」と話してくれた市原さんが率いるチームの活躍から目が離せません。愛情をこめて作られた美味しいお菓子を、シェフの想いを感じながら食べてみてはいかがでしょうか。

【取材協力】
ホテルグランヴィア大阪
住所:大阪市北区梅田3丁目1番1号
公式HP:https://www.granvia-osaka.jp/
公式インスタグラム: https://www.instagram.com/hotel_granvia_osaka/
市原シェフのインスタグラム: https://www.instagram.com/kentaro_ichihara_/

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Writer
chefno編集部
エディター兼ライター まる
chefno編集部
エディター兼ライター まる
輸入商社で営業部に所属。好き嫌いが無くなんでもたくさん食べられます。
丁寧な取材と記事作りを目指しています。写真は勉強中。
フランス菓子とウィーン菓子が好きで、特にカルディナールシュニッテンが大好物。
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