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2024.01.23

立地条件を活かしてブランディングにつなげる。中央卸売市場の中にあるカフェ「調理室池田」

調理室池田店内
調理室池田
調理室池田 店主
池田 宏実さん
美術短大卒業後、株式会社サザビー(現サザビーリーグ)の飲食部門に入社。
店長職などを経た後、出産を機に退職。元同僚の誘いがきっかけで料理教室に通うようになり、自身でも料理教室やケータリング業をはじめる。
現在お店のディレクションを担当しているご主人のすすめで、2018年、川崎市中央卸売市場内に「調理室池田」を開業。
運営サイトはこちら

飲食店を開業するとき、どこにお店を構えるかというのは非常に重要なポイントの一つです。人通りが多いところ、閑静なところ。どのような年代・職種の人が集う場所なのか。
中央卸売市場という、飲食店をするには一見変わった場所で「調理室池田」を営む池田さんに、ここでお店をはじめようと考えたきっかけやお店の運営・ブランディングについて、お話を伺いました。

テーブルひとつからのスタート

料理に携わるようになったきっかけは?

池田さん
「学生時代はデザインを専攻していて、服飾にも触れましたが、イメージしたものを形にすることの難しさを痛感しました。就職した会社でたまたま飲食部門に配属されて、料理では、イメージしたものを形にすることができる手ごたえがありました。それに、飲食店の運営やマネージメントも面白いと感じましたね。そのころはまさか自分でお店をはじめるとは思っていませんでしたが」

お店をはじめた経緯について教えてください

池田さん
「前の職場を退職してから、10年くらい料理教室やケータリング業を細々としていたのですが、料理教室が私の中でだんだんマンネリ化してしまっていて、やるべきことは全部やった気がしていたときに、夫がお店をやろうと言い出しました。私はお店をするつもりは全然なかったのですが、ここの物件に出会って気持ちが変わりました。最初は市場内の別の空き物件を検討していたのですが、東側の壁にある二つの窓から差し込む朝日が、教会みたいなところに惹かれて、ここに決めました」

中央卸売市場という場所を選んだ理由は?

池田さん
「料理教室をしていたときに、スーパーでは売っていない食材や、それまで手を出していなかった食材を、勉強のために卸売市場に買いに来ることがありました。例えば、よく知っている魚をスーパーで買うより、よく分からない魚でも、市場の方に調理方法を教えてもらいながら買う方が勉強になると思って。私の料理の先生は市場の人だと思っているんです。

夫が『お店をやろう』と言ったとき、いわゆる『良い立地』でやるのは面白くないなと思っていました。便利ということ以外の『魅力』が何かないと、お店をしようという気にはなりませんでした。
その当時は、市場にはまだ一般のお客様はほとんど来ていませんでしたが、ここで買い物をすることは、かつての私がそうだったように、そういう方々にとっても楽しく感じるんじゃないかなと考えました。市場でおすすめの新鮮な魚を買うという経験が、例えばSNSに投稿したくなるような、『人に話したくなるような日常生活の出来事』になるのではないか、と。そういったことも含めて、中央卸売市場を管理する川崎市の担当者の方にも提案し、出店させてもらえることになりました。それから、飲食店は老若男女が交わる方が良いという考えを私が持っているので、朝は長靴をはいたおじさんもいれば、ランチには若い女性や年配のご夫婦が来たりする場所になれば面白いかなとも思いました」

スコーンとコーヒー

▲人気メニューのスコーンサンドと、栗のタルト。お土産にテイクアウトする人も

市場内に出店するにあたって、ルールなどはありましたか?

池田さん
「実は、ここはもともと飲食店をやってはいけない物件でした。具体的に川崎市が提示していた要件としては、『市場関係者の利便性を高める業種でなければならない』ということでしたので、ここで働く人たちのためにコーヒーや軽食を出すお店をすることで了承してもらいました。市場内に銀行や郵便局などがあるのも、そういった理由からですね。また、市場のルールとして、一般のお客様は朝の8時以降でないと入場できないという制限があります」

お店をはじめてから今に至るまで、どのように運営されてきましたか

池田さん
「最初は真ん中のテーブルひとつに椅子が6脚のみでした。前述のとおり、飲食店はやれないと市から言われていましたが、テイクアウトがメインで少しイートインを設けるくらいなら構わないとのことでしたので、だったら私一人が対応できるくらいの席数ではじめようということになりました。お店が認知されるにつれ平日でも混雑するようになり、スタッフの成長にも合わせてテーブルや椅子を買い足し、対応できる数を増やしてきました。コロナ禍以前は、テーブル4つで18名くらいの席数でしたが、以降は席数を増やすことができなくて、より混雑してしまう時期もありました。

コーヒーの提供も、最初はコーヒーカップを使わず紙コップでしていました。高いコーヒーメーカーは購入せず、ハンドドリップにすることで投資が抑えられるので、その分いい豆を使って差別化を図ることもできるかなと。もしお店が続かなかった場合のことも考えて、最初からなんでも揃えようとせず慎重に進めてきましたね」

池田調理室店内

▲オープン当初はこの6人掛けのテーブルのみで営業していた

最初から一般の方は多く訪れていたのでしょうか

池田さん
「最初のころは中央卸売市場への一般客の入場というのは基本的にはできませんでしたので、SNSなどでの告知もほとんどしていませんでした。公に入場可能になったのは開店してから1年後のことです。もともと百貨店などのような一般客向けの商業施設ではありませんし、トラックやフォークリフトが往来する中で、既存の市場の業務がスムーズに行えるように守らなければならないということで、入場可能になってもじゃんじゃん集客することはしませんでした」

一般の方があまり来られていなかった1年間は、市場の関係者がよく来られていた?

池田さん
「飲食店が入るということで、みなさん最初は怪訝(けげん)そうでしたが、もともとあるお店に迷惑はかけないようにしようというのは決めていました。開店当初はあまりお客さんが来なくて、せいぜい女性の方が少し来るくらいでした。でも、ここに働きに来ている人の数は相当いるのに、市場内には飲食店の数が少ないと感じていたので、彼らをターゲットにすれば、やりたい料理をやれるかは別にしても店がつぶれることはないという見込みがありました。
それに、コーヒーを飲まない人はいないだろうと思って。さすがにコンビニと同じスピードで出さないと間に合わないというお客さんには難しいですが、お店を開く前からハンドドリップでコーヒーを提供することは決めていたので、いわゆる『本当の市場の人』というより、仕入れに来ているレストラン業者や、経営者の方など少し時間に余裕のある方が来てくれていたように思います。その後、ちょこちょこ来ていた一般のお客さんたちのインスタグラムから、広く認知されるようになりました」

▲取材時仕込みを行っていたタルトタタン。1台焼くのにたっぷりりんご10個を使用

今はどのような客層の方が多いですか?

池田さん
「3、40代の主婦の方もいますし、同じような業界の方も多いですね。料理家の方が来てくれたらいいなと思って2階でアンティークの取り扱いをはじめて、実際にそういった方やスタイリストの方が来られたりしています。

市場の他のお店は正午には閉まってしまうんですが、市場の中で働く方々は、朝からお昼まで休憩時間もまちまちなので、コーヒーのテイクアウトで来てくれたり、『あとでサンドイッチ買うから取っといて』と言ってくれたり、毎週決まった時間に長靴をはいたまま、コーヒーとケーキをお供にレシートの整理しているおじさんがいたり。いろんなお客さんが混在しています。正午から13時までは一般のお客さんが多い時間になります」

お店のブランディング―食材庫の中にあるお店

お店のコンセプトやブランディングについて教えてください

池田さん
「市場の中にあるということから、『食材庫の中にあるお店』と捉えて、作り置きや買い置きは基本的にせず、極力市場内でその都度材料を買い揃えるようにしています。冷蔵庫も最低限しか置いていません。そういった『市場らしさ』を活かすことがお店の雰囲気づくりにもつながっていると思います。単なる見た目やうわべだけのおしゃれカフェではなく、この場所の利点を徹底的に活かすことで、同業の方や市場の方など、プロから一目置かれるような存在になりたいと思っています。

また、市場に出店するのが前例のないことなので、もともとここで働いている方の業務を第一に尊重しなければいけないと考えています。例えば、一般客が8時より前に入場してはいけないというのは市が定めたルールとしてアナウンスされているし、一般の方がいることで滞ってしまう業種の方もたくさんいるので、その時間はしっかり守ります。そういう、市場優先のスタンスが、独特のイメージを確立してきたのかなと思います。

2階にアンティークを置いているのは、例えばフランスのマルシェは生鮮品と蚤の市が一緒の場所にありますよね。そこから、料理人の方が作りたいイメージが湧いたり、アイデアが見えたり情報交換の場になったりすればいいなという思いで取り扱うようになりました」

アンティークへのこだわりは何かありますか

池田さん
「ただ道具の卸をするのでは面白くないので、何か料理にまつわるものを提案できればいいなと思っています。料理教室でも、アンティークのお皿に興味を持たれる方が多かったですね。現代作家の食器も使いますが、ここで扱って個性が出て面白いものはアンティークなのかなと思っています」

▲2階にはアンティーク食器や什器が充実。購入も可能

ここだからできるメニュー

看板メニューであるツナメルトは、どのようにして生まれたのでしょうか

池田さん
「お店をはじめるときに、『パンが食べたい』と言われて。市場で働く人は、職員用の食堂に行くことが多いのですが、買い付けに来られている方や仲卸の方はゆっくり座って食べることはできないので、持ち帰りやすいものを希望されていました。それなら、ここだから出せるサンドイッチにしようと思って、もともとレシピを持っていた自家製のツナをやりたいという話をして、マグロ屋さんを紹介してもらいました。マグロの端切れをもらってきて、毎日油で煮て作っている自家製ツナを使ってツナメルトを作っています。今時のカフェで出すグルメサンドはもっと分厚いものが多いですが、ドライバーの方が運転しながら食べやすいよう、あえて薄いサンドイッチにしています」

ツナメルト

▲看板メニューのツナメルト。マグロの食感と風味がしっかりと感じられる

ランチで人気の魚のフリットもおいしかったです。ランチメニューへの想いは?

池田さん
「出店する際に、市の担当者から、正午には人がいなくなると聞いていたので、はじめはランチメニューをするつもりはありませんでした。13時がラストオーダーというのは、市場の方が仕事終わりに来られるようにという考えで、当初から変わっていないんです。仕事終わりの方がどれくらい食べて帰るのか最初は分からなかったので、メニューはコーヒーとサンドイッチくらいでした。やっぱり仕事が終わったらみんな早く帰りたいんですよね。一般のお客さんが増えてきたあたりから、ランチメニューをするようになりました。魚のフリットは、日によって3種類の魚介で提供しています」

魚のフリット

▲ランチメニューの魚のフリット。この日はホタテ、クロダイ、カレイの3種

場所に合わせて変化する

市場以外で、「ここは面白いんじゃないか」と感じる場所はありますか?

池田さん
「大学とか公園はいろんな人が集まる場所なので、面白いのかなと思います。大学は一見若い人が多いけれども、男女が混ざっているし、教授や職員の方もいて年代も様々です。洋服屋さんなどは大体ターゲットが狭まっていることが多いですが、飲食店はいろんな世代、職種が混ざることで雰囲気も醸し出されていきますね。

今はお店をやりたい場所や物件は特にありませんが、どこかへ出かけたときには、夫と『ここは何屋が向いてるかな』『この場所なら何屋をやるかな』と大喜利みたいによく考えています」

場所によって何のお店をするか考えるということですね

池田さん
「そうですね、『ここなら、あれとあれを出したら人が来てくれるかな』と考えます。そこにいる人に合わせるということですね。物件自体も、内装は簡単に変えられるけど立地やポテンシャルは変えられないので、そこで自分たちがやれる商売は何なのか考える。あとは商売をする時間帯です。私がやっている朝ごはん屋も、本来なら商売にならないですけど、市場だからやれる業態なんですよね。それも結果的にブランディングにつながっているんだと思います」

取材を終えて

市場に合わせて続けてきたスタイルが、結果的に、色々なジャンルの人に受け入れられて特有の雰囲気を作り上げる。特別な空間のようでありながら、この場所にしっくりとなじんでいる自然なたたずまいが印象的でした。

取材中は、この時季限定のタルトタタンを仕込む甘い香りが漂っていました。「こんなにお菓子を焼く人になるなんて思っていませんでした」という池田さん。テイクアウトもできるお菓子は、一般客だけでなく実は市場の人にも人気です。

朝が苦手な筆者も、少し早起きして、“朝活”してみたくなりました。

●取材協力
調理室池田
池田調理室外観
住所:神奈川県川崎市宮前区水沢1丁目1-1 川崎市中央卸売市場北部市場 関連棟45
営業時間:7時-13時L.O.
※一般客の市場への入場は8時から
詳細は川崎市HP参照:詳細はこちらから
定休日:水・日・祝日

 

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Writer
chefno編集部
エディター兼ライター まる
chefno編集部
エディター兼ライター まる
輸入商社で営業部に所属。好き嫌いが無くなんでもたくさん食べられます。
丁寧な取材と記事作りを目指しています。写真は勉強中。
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