蔭山シェフのケーキは、お客様を楽しませたい、喜ばせたいという想いがはっきりと伝わってくるケーキだ。店名である「オクサリス」は、日本ではカタバミと呼ばれるハーブの名前。花言葉は「輝く心」。ケーキを通してお客様の心を輝かせたい、地域に根を生やして繁栄させたいという蔭山シェフの想いが込められている。
インスタグラムは履歴書のようなもの
ショーケースに並ぶ色とりどりの鮮やかなプチガトー。エディブルフラワーやフルーツがアクセントとなり、どれひとつとっても個性的な輝きを放っている。見れば見るほど、細やかな手仕事と、どこまでも手を抜かない仕事ぶりがうかがえる。
この創造性と繊細さの源はどこにあるのか。蔭山シェフの菓子づくりに対する考えをお聞きした。
蔭山シェフ
「今にして思えば、小さい頃から絵を描いたり、紙を切って貼って工作をしたりというのが好きでしたね。図工の成績はずっとオール5でした。
あと、家が貧しくてゲームとか買ってもらえなかったので、段ボールでおもちゃを自作して遊んだりしていたので、そういう部分もいまの仕事に活きているのかなと思います。
フルーツで色どりを加えたりチョコレートで造形したり、色紙やダンボールが食材に変わったというだけで、やっていることはその頃と大きく変わっていないんですよ。なので、工作をしながらお客様に喜んでもらって、そのお金で生活ができているというのは、非常に幸せなことだと思います」
蔭山シェフ
「もちろん、ケーキは美味しいことが一番大切なことですけど、よりお客様に幸せな気持ちになってもらうには、美しさも同じくらい大切だと思うんです。そのためには、ナパージュや生クリームのしぼりひとつとっても、細かいところにまで気を抜かないようにしています。インスタグラムでケーキの写真をアップすることで、それが自分にとってのコンクールというか、履歴書のようなものだと思っているので、常に高いクオリティのものを追求して、投稿を見てお店に来ていただいたお客様に、写真以上のものをお渡しすることを常に目標としてやっています」
恋人にケーキをつくる時と同じ気持ちで
蔭山シェフにとって、美しく美味しいケーキを作るための秘訣は何だと思いますか?
蔭山シェフ
「技術的に自分のイメージしているものを再現できるかどうかは大切ですけど、技術以外の部分でいうと心を込めて丁寧につくる。これに尽きると思います。
自分の家族や恋人に贈るケーキをつくるときってすごく気合を入れて作ると思うんですけど、顔も名前も知らないお客様に対しても同じように一生懸命に心をこめて作ることが大切だと思います」
技術的な面ではスタッフも蔭山シェフの求める水準についていくのは大変なのでは?
蔭山シェフ
「そうですね。大変だと思います。僕は上手くできなかったスタッフに対して頭ごなしに叱るのではなくて、教える時はできるだけ具体的に言葉で伝えるようにしています。『ダメ。やり直し』なんて言っても、どこが良くないのか、良くするためにはどうすればいいのかを伝えないと分からないじゃないですか。例えばホールケーキの縁に生クリームを絞っていく時に、しぼり始めと終わりの境目が分からないように意識するとか、ナパージュが少し垂れているとして、ここはお花をのせてカバーできるから大丈夫だけどこっちはダメとか」
小さなごみに気付けるか
話題がスタッフへの指導に移ると、若手スタッフの仕事への向き合い方に疑問を感じることもあるという蔭山シェフ。とかく厳しい指導が問題視される風潮のなかで、厳しくしないことと甘やかすことはまったく別物だという。
蔭山シェフ
「失敗したり、それで材料が無駄になっても『いいよいいよ』と言っていたらお店は成り立たないですし、いい商品も作れないので、もっと意識を高く持ってほしいと感じる時もありますね。あまりに受け身の子が多いような気がします」
「より良い職人になりたい、もっと良いケーキを作りたいと願うとき、例えばテレビドラマで医者が手術で『メス』って言って助手が手渡すシーンがありますけど、ああいうときに医者がどのメスが欲しいのかわかっていることが大切だと思うんです。そのためには普段から周りをよく見て、作業手順を頭にいれておかないといけない。お店で普段一緒に仕事していても、『じゃあちょっとやってみて』と言うと、途端にどうすれば分からなくなる子もいます。
優れたパティシエになれるかどうか、そういうところで変わってくると思います。つねにアンテナを張っているかどうか。ケーキやデセールを僕がつくるのを横で見ていて自分だったらどうするかを考えたり。仕事を振られた時に自分なりに考えて動けるか、それとも『教えてもらわないと分かりません』となるのか。
パティシエに限らずどの仕事でも言えると思います。細かいところまで気を配ることは日々の仕事にも表れてくると思いますし、たとえばお店の前に落ちている小さなごみに気付けない人には良い仕事はできないと思います」
「やりたいことを詰め込んだ」アシエットデセール
「パティスリー オクサリス」では、生菓子と焼き菓子のほかに、売り場を奥に進んだカウンタースペースでアシエットデセールも提供している。蔭山シェフがアシエットデセールの世界に触れたのはホテル時代。プチガトーに比べて自由度の高いデセールの魅力に引き込まれると同時に、ホテルならではのジレンマも感じていたという。
蔭山シェフ
「プチガトーを作りこむことはバビアージュで叩き込まれましたけど、アシエットデセールに関しては、ホテルでの経験が非常に大きいですね。ホテルでは何十、何百という数のデセールをチームで作っていくんですけど、盛り付けまで丁寧に作りこめないことにもどかしさを感じていました。100人分だとオペレーション的に難しいけど、10人分ならもっとこだわったいいものが出せるのにという葛藤があったんです」
独立し、少人数に向けて集中して力を注いでいるアシエットデセール。ホテル時代には成しえなかった「本当にいいものを届けたい」という想いと、あふれ出る創造力が詰め込まれたアシエットデセールを、蔭山シェフは「体験型パティスリー」と表現する。
蔭山シェフ
「注文したものが出て来て食べて終わりというのではなくて、目の前で出来上がっていくのを見て楽しんでもらって、最後まで飽きることなく食べていただくまでがアシエットデセールだと思っています。気が付いたら食べ終わっていたというのが理想ですね」
蔭山シェフの作るアシエットデセールは、構成パーツも20を超えるものが多く、準備はもちろん制作時にもじつに手間のかかるものだが、すべてのお客様に常に最高のものを届けたいという想いから、スタッフには頼らずすべて自身で作っているという。
メニューは毎月新しいものを考え、提供している。アシエットデセールの魅力は「ある意味、何をしてもいいところ。考えるのは楽しい」と蔭山シェフは笑う。
蔭山シェフ
「2013年にアシエットデセールを始めたのですが、その時から毎月欠かさず食べに来てくれるお客様もいて、つぎはどうやって喜ばせようか、驚かせようかと考えています。当時連れられていた男の子が今では大人になって、先日彼女といっしょに食べに来てくれました。この場所での体験がお客様の思い出の一部になっていて、新たな幸せの時間を提供できていると思うと、とても嬉しいですね」
世のお母さんたちにこそ楽しんでほしい
「アシエットデセール」と聞くと高級感のある、敷居の高そうなイメージがあるが、蔭山シェフの提案するアシエットデセールは、誰もが楽しむことができるカジュアルなもの。4児の父親として、妻の真弓さんの姿をそばで見ている蔭山シェフは、毎日忙しくしているお母さんたちにこそ、普段と違った特別なひとときを楽しんでもらいたいと話す。
蔭山シェフ
「アシエットデセールは小さなお子さん連れやベビーカーのお客様でも基本的にはOKにしています。お子さんがぐずったりしてしまうときだけ、周りのお客様へのご配慮をお願いしています。
アシエットデセールというと、バーのような薄暗いシックな雰囲気で、なかにはお子様連れだと入れないようなお店もあります。雰囲気を壊したくないという気持ちももちろん分かりますけど、僕は世のお母さんたちが、普段の生活のなかでの特別な時間として楽しめるようにしたい。このカウンターは小さなスペースですが、社会に対しての僕なりの考えも表しているんです。同席したお客様が、となりでお子さんが少しぐずったとしても、そのくらいで怒ったりするような社会であってほしくないんです」
インタビュー中、シェフの言葉を聞いていると、「神は細部に宿る」という、著名な建築家ミース・ファン・デル・ローエの言葉を思い出した。細部までこだわり抜くことで作品の完成度が高まる、逆に言えば、細かい部分で手を抜くと作品全体としての完成度が落ちるという意味だ。
どこまでも手を抜かず、感謝を忘れずにすべての客に心を尽くす。だからこそ、オクサリスのケーキは人の心を輝かせることができるのだろう。
【取材協力】
パティスリー オクサリス
住所:岡山県倉敷市浦田1511-13
営業時間:11:00~18:00
定休日:不定休(HPをご確認ください)
公式ホームページ: https://www.p-oxalis.com/
公式インスタグラム: https://www.instagram.com/p_oxalis/