東京の用賀と学芸大学駅そばに店舗を構える「MAISON KUROSU(メゾンクロス)」は、「体に優しい食と空間」をコンセプトに、極力、有機や無農薬・減農薬の小麦粉、野菜を使用したパンが人気の、客足の絶えない人気店だ。スラッシュゼロ*になるように、極力添加物を使わず、ソースも手作り。塩や砂糖も精製されていない、ミネラルの残っているものを使用するなど徹底している。
ただ、「メゾンクロス」のパンは「健康」というキーワードを抜きにしてもとにかく美味しい。オーナーシェフ、黒須貴仁さんの技術とこだわりは、あんぱんという平凡なアイテムにもしっかりと込められている。
※スラッシュゼロ:食品表示の「原材料名」に食品添加物の区切りである「/(スラッシュ)」以降がない(=製造工程で食品添加物を使用していない)こと。
あんぱんは日本のベーカリーになくてはならない、あって当たり前ともいえるアイテムだが、そんなあんぱんを、黒須シェフは、餡や生地にこだわり、本気でつくっている。
目次
日本独自のパン「あんぱん」

▲「MAISON KUROSU(メゾンクロス)」黒須貴仁シェフ
あんぱん、食パン、カレーパン。どれも日本のベーカリーになくてはならないパンだが、そのなかでも一番の古株、あんぱんの歴史はいまから150年以上前にさかのぼる。
文明開化の明治7年(1874)、「木村屋總本店」の創業者、木村安兵衛が考案した「酒種あんぱん」が大流行し、その後横浜や神戸といった開港地や都市部でつぎつぎとパン屋が生まれ、日本のパン文化は広まっていった。
当時、あまり西洋の味になじめなかった日本人と西洋のパンを橋渡ししたのが、あんぱんだと言える。あんぱんなくしては日本のベーカリーはここまで普及していなかったかもしれない。少なくとも数十年は遅れていたのではないだろうか。
パン生地と餡のバランスが素晴らしい

▲焼き上がるとお店の焼き印を押す
「メゾンクロス」の「和三盆餡子(あんこ)」の最大の魅力は、その完成されたバランスにある。一般的には、あんぱんを食べたときの印象は、どうしても餡のほうが強いのではないだろうか。パン生地はあくまで餡の引き立て役として機能しているようにも思える。「あんぱん」なのだから餡の味が強いのは当然といえば当然だが、一方「和三盆餡子」は、餡とパン生地が見事に調和している。
「和三盆餡子」に合うようにと研究をかさね完成した生地は、噛んだときにしっかりと弾力があり、小麦粉の風味、甘さもちゃんと感じられる。そのあとにやさしい餡の味。砂糖の甘さではなく豆の風味をしっかりと感じられる甘みだ。アクセントに入れられた塩えんどう豆がプラスアルファの食感を与え、甘さに傾きかけた印象を引き戻してくれるので、スッキリとした食後感をもたらしてくれる。
日本のパン屋の良さを伝えたい

▲東横線の高架下に飲食店が並ぶ「学大パークストリート」の一画に「メゾンクロス学芸大学店」はある
「和三盆餡子」の表面には、お店のロゴが焼き印で押されている。それはこのあんぱんが店の看板商品であり、黒須シェフのパン職人としてのプライドが込められていることを表している。しかし、なぜあんぱんという平凡ともいえるアイテムを店の看板商品にしたのだろうか?
黒須シェフ
「いまの日本って、フランススタイルのパン屋さんがたくさんあるじゃないですか。そんななかで、やっぱり日本のパン屋として、外国人観光客もどんどん増えてるし、日本のパン屋の魅力を伝えたいっていうのがありました。それで日本のパン屋と言えばあんぱんだなと思って。あとは、もともと僕、パン屋さんに行ってもあんぱんってあまり好きじゃなくて買わなかったんですけど、そんな僕でも美味しいと思えるあんぱんを作りたいなと思って」

美味しいあんぱんに必要なのは何といっても美味しい餡だろう。黒須シェフは自家製で手作りすることも考えたが、最終的には専門業者から仕入れることに決めたという。
黒須シェフ
「日本には昔から美味しい餡をつくってきた職人さんがいます。なので、日本の食文化という意味でも、餡子屋さんとのコラボという形がいいなと思って。それでいろいろ探してたどり着いたのが、京都にある山梨製餡さんです」
京都の老舗製餡所と2年がかりで餡子を共同開発
黒須シェフが餡の開発を依頼したのは、京都で百年以上の歴史をもつ老舗製餡所「山梨(やまなし)製餡」。実に2年ものあいだ、何度もやり取りを重ねて、納得のいく餡をつくりあげた。
黒須シェフ
「できるだけ糖度をおさえてやわらかい味わいにしたかったので、和三盆を使って開発してほしいとお願いしました。試作品をつくっては送って、『こうしてほしい』『ああしてほしい』と要望をお伝えして、というのを繰り返して、2年間かけてやっと出来上がった感じですね。山梨製餡の社長さんがめっちゃいい方で、パン屋を開業する前の、どこの誰かもわからないような僕相手に自ら手伝ってくださって。山梨製餡さんにはほんとに感謝してますね」
餡が完成したところで、黒須シェフは生地づくりに着手した。目指したのは、小麦の風味がちゃんと感じられ、餡ともバランスよく調和するパン生地だ。

黒須シェフ
「あんぱんって、食べるとどうしても餡の味が勝つというか、そこのパン屋の味というよりも、餡の味というふうになりがちだと思うんですよ。やっぱりパン屋としては、生地と餡の両方が合わさって美味しいと思ってもらいたい。なので、他のお店と比べてうちはすこし生地を多めにしています。通常、餡と生地の比率は1:1、もしくは餡のほうがすこし多いのが一般的なんですけど、うちは生地50グラムに対して餡が40グラムです。餡を減らした分、塩えんどう豆を入れて、後味が重たくならずに食べてもらえるようにしています」
成形を人任せにしない

▲一見シンプルにみえて奥が深い包餡作業
話を伺うなかで驚いたのが、黒須シェフは和三盆餡子の包餡(生地で餡をつつむ作業)は、基本的に自分ひとりで行うということだ。包餡作業は、スタッフが生地をさわるようになってからは比較的早い段階で任されるものという印象をもっていたが、そんなに難しいものなのだろうか?
黒須シェフ
「あんぱんの成形は、焼き上がったときに下が薄くて上側の生地が厚くなるのが理想なんですけど、餡を包むときに上手くやらないと生地の厚さが均一にならないんです。そうなると焼きムラができちゃったり、焼き上がりの表面に気泡ができちゃうと焼き印もきれいに押せなくなったりするんですよ。
あとは生地の張りも大事にしていて、上手く包まないと仕上がりでたるんだ部分ができたりして、まるくつるんとした形にならないんです。効率とかを考えると、あまりこだわりすぎずに他に任せるべきかもしれないんですけどね(笑)」

▲型に入れて焼くことで形が整うのはもちろん、水分が逃げずにしっとりとした生地に焼き上がる
ペニーレインとロブションで培った成形の技術と仕上げのセンス

▲成形の美しさは、バゲットを見れば一目瞭然
―相当成形にこだわりがあるんですね。ほかのパンもとてもきれいで美味しそうです。やはり「ジョエル・ロブション」での経験が大きいのでしょうか?
黒須シェフ
「成形に関しては、ペニーレインに坪山さんという、めちゃくちゃ成形がきれいな製造の統括シェフがいらっしゃって、その方の下でずっとやらせてもらっていたので、その影響もあって、成形には人一倍うるさいかもしれないですね。パンの仕上げのきれいさという意味では完全にロブションですね。『パンってこんなにカッコよくできるんだ、パンってカッコいいな』ってロブションに来て初めて思いましたね」

▲有機・無農薬の野菜などを使用したフォカッチャも人気の商品
飾りにお金をかけるなら材料にかけたい

▲「マスカルポーネとトマトのデニッシュ」。仕上げのローズマリーの高さを均一にするなど、細部までこだわっている
フレンチのオードブルのように美しい仕上げは、ロブション出身の黒須シェフの得意とするところだ。しかし人件費や材料費が日々上がっていくなかで、いまではこういったデザインに凝ったパンはずいぶん少なくなったという。
黒須シェフ
「お店を始めたときに、周りの先輩に『こだわってパンを作りたいなら、どこか妥協しないとやっていけないよ』と言われて。初めはあまり気にしてなかったんですけど、最近言ってる意味が分かってきましたね。
お店を2つ持って、より経営のことを考えるようになってからは、どこにお金をかけるかの配分は変わってきていますね。オープン当初は仕上げにまでこだわったパンをけっこう多く出してたんですけど、けっこう手間がかかるんですよ。なので、最近はそこに人件費をかけるよりも、見た目をちょっと落としてでも、素材のほうに使おうというふうに意識が変わってきています。うちは地域密着の店を目指していて、この学芸大学店も、本店の用賀店も地元の方が多く買いに来られる地域なので、できるだけ普段買いができる価格におさえたいんですよね」

メゾンクロスのこれから

黒須シェフ
「はじめは、自分の作ったパンをただ美味しいと思ってもらえることだけを考えていたんです。そこから体にやさしいものをつくって、お客さんに健康になってもらいたいという想いに変わっていって、いまはどうしたら社会に貢献できるかなと考えています。
ものをつくる側としては、一次産業の、無農薬や有機で正直なものづくりをして頑張っている方たちにすこしでも潤ってほしいという気持ちがあります。農家さんとかはずっと厳しい状況ですよね。このままだとどんどんなくなって、継ぐ人もいなくて、稼げないので人気もない、働き手がいない。農家さんがいなくなると日本の食文化が失われていく。どうにかしなくちゃいけないという想いがずっとあった。
うちだけが頑張ってもどうにもならないですけど、うちみたいな店が増えれば増えるほど農家さんたちがわずかながらですけど、潤うんじゃないかと。実はそういう意味での展開を考えていて。べつにパン屋じゃなくていいんです。和食がいいなと思ってて(笑)。僕自身は料理ができないので、料理人を迎えて。パン屋じゃなくて会社として、そういうお店を増やしていきたいなと思ってます」

【取材協力】

MAISON KUROSU(メゾンクロス)学芸大学店
住所:〒152-0003 東京都目黒区碑文谷6丁目7−22
TEL:03-5721-0039
営業時間:10:00~19:00
定休日:月・火
インスタグラム:https://www.instagram.com/maisonkurosu_yoga/
ベーカリーパートナー編集部