“人気店には必ずと言ってもいいほど、実力のあるスーシェフがいる”
スーシェフとは、シェフパティシエを補佐するポジションで、スイーツの仕上げや各ポジションのヘルプなどを行う、まさしく「シェフの片腕」と言える存在です。
他にもシェフの不在時に厨房をまとめたり、若手を育成したり、材料の発注をしたり..
多岐にわたる仕事をこなしながら、シェフと現場スタッフの橋渡し役も担うスーシェフ達。その仕事への心構えや後輩たちへの向き合い方に迫るシリーズです。
スーシェフはお店全体の業務に関わることも多いので、将来独立してお店を持ちたいと考えている人は、ぜひ経験しておきたい役職といえるのではないでしょうか。とてもやりがいのあるポジションですが、そこにはいろいろなプレッシャーや苦労もあるようです。
前回に引き続き「エーグルドゥース」の内海胤城(うつみ・かずき)さんと「リョウラ」の浅野実穂(あさの・みほ)さんお二人のインタビュー、後編です。
前編ではお店で働き始めたきっかけや、スーシェフの仕事に就いて伺いましたが、今回はスーシェフとして抱えている苦労や、若手職人さんへのアドバイス、今後の目標について伺いました。
(取材日:2022年10月25日)
スーシェフをされている中での苦労
シェフの右腕となり現場を任される役職というのは、とてもやりがいのあるポジションである一方、周囲からの期待とプレッシャーも大きいはずです。
実際にスーシェフご本人たちはどのように感じているのでしょうか?
スーシェフをされている中での苦労は?
お店では、自分が中間的な立場にならないといけないのですが、年齢や経験によるシェフとスタッフたちとの差を埋めることに苦労しています。シェフの、お店やお客様に対する考え方と、若手の想いには差があるので、それを縮めるのが難しいですね。立場的にも自分の仕事にだけ責任を持てばいいわけではなく、後輩たちの仕事の精度も上げていかないとならないですし。特に生産量が増えてくると、若手は仕事にムラが出る傾向があります。どんな状況でもいつでもクオリティの高いものを作れるよう、一つ一つの仕事に集中できる現場づくりを心がけています。”若手に思いを伝える“ということに関しては、自分自身も日々勉強中です。
スタッフの育成に一番苦労しています。厨房は、セクションごとに3つの部屋に分かれているので、その日の仕事の進み具合などを瞬時に把握できないんです。日々、お店の状況に合わせて仕事を調整するためにも、信頼できる中堅スタッフを育てることが課題です。
シェフの想いを理解し、スタッフの意識に落とし込むことが重要な役割だと考えています。特に意識しているのは後輩たちへの接し方で、注意の仕方についてはそれぞれの性格や心のバランスを見ながら意識して変えています。後輩たちの立場からすると常に誰かに見られているという状況は大変かもしれませんが、指導する自分も後輩の見本になれるよう常に気を張っています。僕にとっては、そのあたりも苦労と言えるかもしれません。
スーシェフが居なかったらどうなると思いますか?
厨房だけでなくお店が成り立たなくなると思います。
自分を大きく言うわけではありませんが、シェフの想いを実現するために必要な存在かなと。
今は、シェフがお店でやりたいたくさんのことを実現しつつ、時代に沿った働き方も考えないといけない難しい時代です。両方のバランスをとることが求められているので、時間的にも手間がかかるお菓子や伝統的な製法のお菓子などが減りつつあるのが現状です。
本心はシェフの想いにすべて応えたいですが、現場の現状を理解してもらえるように説明して、仕事量を調整する事もあります。それによってシェフとの対立が生まれないのは、寺井シェフの懐の深さだと思いますので、常に僕にとってシェフは大きな存在です。
お店には常にシェフが居るので、お店そのものが機能しなくなるということはないと思いますが、圧倒的にシェフの負担は大きくなってしまうと思います。
菅又シェフは、”地位が人を育てる”と考えているので、スーシェフに私を押し上げてくれたのは、その思いからではないかと感じています。実際、私自身のお店への意識や責任感の持ち方は変わってきたので。スーシェフという立場は働く本人の意識を変えて成長させるポジションで、そのスーシェフの姿を他のスタッフが間近で見ることで厨房内での刺激になり、全体の底上げを図れる。そういうポジションなのかなと感じています。
理想のスーシェフ像と若手職人さんへのアドバイス
スーシェフとして働きながら経験を積み、常にお店やスタッフの成長を考えられているお二人は、同じポジションで働く者同士、共通の悩みや課題について家で話をされることもあるようです。お二人の思い描く理想のスーシェフ像とは?今後のお二人の目標と合わせて若手へのアドバイスも伺いました。
お二人が考える理想のスーシェフとはどういう存在でしょうか?
体力、知識、技術に加えて、人間力があるパティシエですかね。
後輩への指導を考えた時、人として魅力があるとないとでは、同じ話をしても伝わり方が変わってくると思うんです。今の時代に合わせた指導をするのも、考えを理解して行動に移してもらうのも、こちらへの信頼度が大きく影響するというか。話し方、話すタイミング、話す順番など、いつも相手のことを考えながらするように意識しています。こう見えて、結構気を遣っているんですよ(笑)
私自身の目標でもあるのですが、スタッフとのコミュニケーションがしっかりととれて、チームとして成果をあげることができるパティシエです。
経験値の違いから新人が仕事についていけないのは当たり前なので、シェフとスタッフの間に入るスーシェフがスタッフを育てて、お店全体の技術力の底上げを図る。私もそんな存在になれるよう、日々、奮闘しています。また、人の長所を見つけて伸ばせるような人間になりたいですね。私自身も自分の長所と短所を理解して、長所を生かせるように努力してきたから今があります。若手の長所を見つけてより引き出せるような指導ができる先輩が理想のスーシェフです。
スーシェフとして、若手職人さんへのアドバイスは?
苦労や嫌なことは自分自身を鍛えるためにも、進んでするべきです。
寺井シェフもいつも言われていますが、いまは本当に技術を身に着けることが難しい時代になってきていると思います。労働時間を調整するために半製品を導入するお店も増えてきていると思いますが、そうなることで無くなる仕事は、職人が身に着けられない仕事だということです。うちのように個人店で、職人が手仕事ですべてのパーツを作っているお店は、仕事量が膨大です。ケーキが好きというだけでは続かない理由がそこにあるのも事実ですが、時間もかかり、難しい工程の仕事を修業時代に経験することは間違いなく自分の技術向上につながります。簡単な工程のお菓子ばかりがラインナップになると、他店との差別化もできないですよね。仕事の簡素化と、お店の魅力は相反するものだと自分は感じているので、若い職人さん達にもパティシエの仕事の本質について考えて欲しいなと。休みの日に勉強で訪れて、魅力的に感じるお菓子にはやっぱり、手の込んだ手仕事が施されていると思うので。
加えて、スーパーやコンビニなど、洋菓子を購入する場所の選択肢が広がる中、専門店が残っていくためには、覚悟をもって仕事に臨まないといけないと思います。覚悟を育てる意味でも、まず、辞めずに続けることが大事ですよね。
続けていないと道は開けてこないし、活躍されている方は、続けてきた人なので。
結論を出す前には一呼吸置くべき、ということでしょうか。
若い方たちを見ていると、お店に入るのを決めるのも、辞めるという結論を出すのも早すぎると感じる事があります。業界自体が人手不足の悩みを抱えているので、再就職先を見つけるのが簡単だからかもしれません。せっかくそこで働きたいと思って入社したのだから、辞める結論を出す前に、周囲の先輩に相談することで、解決策を見つけることができるかもしれないので実践してほしいです。パティシエの仕事は毎日同じ作業の繰り返しですが、仕事が人を育てると思っているので、焦って結論を出さずじっくり仕事と向き合って欲しいですね。
最後に、二人のこれからの目標をお聞かせください!
すぐにとはいきませんが、将来は関西方面でお店を開業したいと考えています。
今の立場で働かせていただいている事はすべて自分の今後に活きてくると思っているので、理想のスーシェフになれるよう、悩みながら仕事を続けていきます。家には、自分の悩みや苦労を分かち合える同志(妻)が居るので心強いですし。
スーシェフとして後輩への指導力を上げることが目標の一つです。
自分の長所を引き出してくれた菅又シェフへの恩返しは、自分が後輩たちの長所を引き出すことだと思っています。
私も悩んだときは家で夫に相談しながら、アドバイスをもらって実践していきます。
取材を終えて
お店で欠かせない立場のスーシェフの生の声は、製菓業界だけでなく社会で働く人すべてに共通する悩みや課題であふれていました。いろんな世代の人と働く上での心遣い、知識や技術を身に着けるための心構えを伺えた事は、筆者自身の働き方を考える良いきっかけにもなりました。今回の取材で、“人気店には必ずと言ってもいいほど、実力のあるスーシェフがいる”という仮説が実証に近づいたことは間違いありません。
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