毎年日本で開催されるクラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デロワ主催の第21回のコンテスト 優勝者、中山翔太氏(名古屋東急ホテル)が、2024年12月にパリで行われた、グラン・パリ・ブーランジェ・パティシエ組合主催の第37回「ラ・メイユール・ガレット・オ・ザマンド・デュ・グラン・パリ」コンクールに、特別参加し、見事3位に入賞しました。
中山氏の健闘ぶりを現地取材したスタッフがお伝えします。
ガレット・デ・ロワ コンクールについて
今回で37回目を迎える歴史ある本大会には、グラン・パリ地区(パリと近郊)の職人たち総勢182名が参加しました。コンクールを運営するのは、エピファニー協会という、定年退職した往年の職人たち。かつてお客様の味覚を魅了した人々が、この伝統的なフランス菓子に価値を与え、熱意を伝承しているのです。
また、公式スポンサーにはシャラント・ポワトゥAOPバターのLESCURE社。その他にも、フェーヴメーカーのARTFUN社、製粉会社のグラン ムーラン ドゥ パリやムーラン ブルジョワなど、多数の企業が協賛し、フランス食文化の継承を支えています。
パリ到着後、試し焼きに直行
12月3日、中山シェフはパリ到着後すぐに市内中心部の厨房に直行しました。現地のオーブンで試し焼きをし、翌日の本番に挑むためです。
厨房のあるグラン・パリ・ブーランジェ・パティシエ組合は、セーヌ川に浮かぶサンルイ島にあります。組合はなんと1801年から存在しているそうです。
サンルイ島というのは、隣のシテ島と並ぶパリ発祥の地。そこに200年来存在するという、歴史のある組合の厨房が、中山シェフの記念すべき最初の行き先となりました。
試し焼きをするのは、普段中山シェフが日本で使っているものとは違うBONGARD社のオーブン。
「これまで、国内のいろいろな場所へ行って焼成している経験があるので、どのオーブンでも途中までの焼成具合を見て、大体焼き上がりを予想することができます」。
中山シェフは、到着後すぐの初めての環境という状況にも関わらず、疲れやストレスも見せず、リラックスした自然体のままでした。
早速日本から持ってきた成形済みの冷凍ガレット・デ・ロワを取り出し解凍。
生地とアーモンドクリームの中心部がまだ完全に解凍していない状態で、2台の試し焼きを開始しました。初めて使うオーブンだったにもかかわらず、「まあまあ予想通りの仕上がり」とのこと。自信をもって翌日の本番へと挑みます。
本番の焼成と審査用作品の提出
翌日、中山シェフは早朝から厨房へ出向き、本番の焼成準備を開始。
ドリュールを2回塗り、レイヤージュをしてから、1~1時間半の焼成を行います。
ローリエ(月桂樹)と麦穂を表現したレイヤーの美しい曲線。体に染み込んだ感覚を頼りに、見事な等間隔で素早く切り込みを入れていきます。切り込みに使用する2種類のナイフは、いろいろと試した末にたどり着いたこだわりのものだそう。一線ずつ的確な切り込みを入れて、刻まれた模様は、まさに職人技の美しさです。
模様は、普段中山シェフが日本で作っているものよりシンプルで大胆なもの。というのも、審査では、量産できることを念頭に置いた凝りすぎないデザインも評価の対象となるからです。ガレット・デ・ロワがフランス人の生活にしっかりと根ざしている証でもあります。
大きなガレットをさっくりと焼き上げるのには、確かな技術が求められます。生地とアーモンドクリームのちょうどよい油分のバランスが肝。この絶妙なバランスは試行錯誤の末、1、2年前にやっと到達したのだそう。
途中、空気を抜く工程でこだわりの自作の道具が登場しました。バーべキュー用の串を自作で改造したもので、それを上から3分の1の高さに横から3か所程、差し込みます。
その後、ガレットを潰さない高さに調整しながら積んだ型を四隅に配置し、その上に天板をのせて表面の高さが均一になるように焼成します。
そしていよいよ仕上げです。
美しく焼きあがったガレットに、飴をくだいて作ったパウダーを表面に均等にふりかけて、さらに少し焼いて艶を出します。甘味が足され、焦げ色がつくので、かけすぎないようにするのがコツ。今回はフランス流に、日本よりも薄めの焼き色に抑えました。
出来上がった2台はどちらも満足のいく仕上がり。どちらを出品しようかと迷った末、ほんの少しふっくら厚みがあり表面が均等に平らな方をセレクト。
たまたま通りかかった組合のプロの方が、仕草でガレットの裏を見せてほしいと中山シェフに伝えました。裏の焼成具合を確認し「こっちだね」と、やはり同じ方を選び、再確認にもなりました。
「今日のガレットは自分でも満点の出来」と、爽やかにコメントする中山シェフは、名古屋出身の31歳。中学時代に、テレビ番組「情熱大陸」で辻口シェフのドキュメンタリーを見て、パティシエになりたいと思ったのだそう。21歳から名古屋東急ホテルに勤め、3年目からフレンチレストランのデセール担当となり、フランス菓子を勉強するようになりました。
2019年頃から本格的にガレット・デ・ロワを作り始め、5年で日本チャンピオンの栄冠を手にした中山シェフのガレット・デ・ロワへのこだわりは「何より口どけ、そして香ばしさ」。サクサクのフィユタージュと、ホロホロとした口どけの良いアーモンドクリームの食感。バター、アーモンドパウダー、バニラ、ラム酒の豊かな香りがバランスよく口の中に広がります。
フィユタージュ生地の仕込み方はアンベルセ(粉を混ぜ込んだバターで、デトランプを包んで折り込んでいく「逆さ仕込み」と呼ばれる仕込み)。 アーモンドクリームは、バター、粉糖、全卵、アーモンドパウダーが4等分の基本的な分量。
「作り始めた当初は、試行錯誤でいろいろと入れてみたりしましたが、最近はこの伝統的なレシピがベースです」。
小麦粉は、日本産とフランス産のミックス。フランス産小麦粉で小麦らしい風味を出しています。アーモンドパウダーは、ビターアーモンドの風味に類似した、シチリア産アーモンドを使用。そこに、甘味のあるバレンシア産をミックス。ラム酒は、ネグリタに、芳香なディロンをミックス。バターは、フランスのAOPイズニーバター。低水分なので、生地を薄くよく延ばすことができます。バニラは、マダガスカル産のペーストと、タヒチ産の鞘からとったビーンズを、ミックスして使用。仕上げ用の塗り卵には、黄身の色の濃いものを選んで日本から持参しました。
このように、全ての素材、道具に改良を重ねた中山シェフのガレット・デ・ロワには、努力の積み重ねによる優れた技術と情熱が込められています。
中山シェフ
「自分の求めていたものに近いものが出来て、今ほっとしています。日本で使用するオーブンと全く違うので、試し焼きで調整できて良かったです。提出したものをカットしていないのでなんとも言えないですが、おそらく自分としては満点に近いものができたと思います」
中山シェフは朝10時前に余裕をもって焼成を終え、少し冷ましてからコンクール登録開始11時に、同じ建物の受付に提出しました。審査の公正を期すため、作品は無記名の箱に入れて提出されます。その後たくさんの参加者が続々と、ガレットを持参してきました。
審査の様子は非公開なのですが、審査直前の会場の様子を特別に見せていただくことができました。
中山シェフの作品は艶やかな黄金色に焼き上げられた焼き色も表面の飾り模様も群を抜いて美しく、準備スタッフの目を惹きつけていました。
そして午後14時に非公開審査がスタート。
審査員70名は、パン職人、菓子職人、料理人、食ジャーナリスト、その他お菓子の愛好家なども含めて構成されており、6名毎のテーブルに分かれた各審査員が採点した後、全員の点数が集計されます。
こうして上位のガレットを再度採点して、その中でトップのガレットを選び、次の審査員に審査を委ねます。最終審査するのは、パン職人や菓子職人などプロたち。
採点は、焼成20点、装飾10点、フランジパン/アーモンドクリーム10点、フィユタ―ジュ20点、断面20点の合計90点。厳正なる審査の末、プロ10位までと、見習い3位までが表彰されます。
いよいよ表彰式
フランク・トマス会長の冒頭の挨拶の中で、「日本での前年優勝者が参加するのが、このコンクールの伝統となっています」と早速、中山シェフが紹介され、出席者から温かい拍手で迎えられました。
多数の作品のなかから、本場フランスの審査員達を納得させた中山シェフは、パリ郊外の店La Boulangerie BleueのElio CHAYA氏と共に、3位に同位入賞。
中山シェフは「入賞せずに日本に戻るわけにはいかなかったので良かったです。いろいろと勉強になりました」と謙虚なコメントでした。
優勝は、パリ14区「La Fabrique aux Gourmandises」のLionel BONNAMY氏。
「この優勝は、オーナーやチームの協力のおかげで一人だけのものではありません。当店では1か月に大小サイズを合わせ1万個販売しますが、引き続き頑張ります」と喜びを語りました。
BONNAMY氏は実は2021年の優勝者でもあります。コンテストのルールで、優勝後3年間は出品ができないため、事実上の2連覇とも言えます。
10位には、以前chefnoでもご紹介した「パティスリー・レヨナンス」の早戸由紀さんが入賞しました。
表彰式の後は、会場に並んだ10個の入賞者のガレットを試食をすることができます。それらのガレットを試食し、中山シェフは日本との文化・習慣の違いを感じていました。
「どれも美味しい…、日本と違って、本場のガレット・デ・ロワは、パイ生地の厚みがあり、中のアーモンドクリームやフランジパンヌもたっぷり入っていますね。アーモンドクリームは思ったより甘く、粒のざらつき感があります。また、焼き切らずに水分をすこし残しているところが大きく違います。日本の主流のパイ生地はもっと薄め。クリームはなめらかで、火が完全に通った状態にしなければならないんです」
周囲から優勝への期待もあったなか、中山シェフは、終始、程よい集中力を保ちながら自然体で臨まれました。受賞後、会場で他の入賞者のガレット・デ・ロワを試食して、現在日本で評価されているガレット・デ・ロワとのギャップが、特に印象的だったようです。3位入賞という堂々の成績をおさめた中山シェフ。今後も日本のレベル高いガレット・デ・ロワの牽引者の一人としてのご活躍が楽しみです。